研磨
「あー、違う違う。そうじゃねぇよ。砥石に対して刀身の角度はこうだ、こう。そんで力入れすぎだよ。もっと表面を滑らせるように。いや、だから違うっつってんだろ!」
翌日。
ドンガルさんの鍛冶屋にて、俺は剣の手入れをしていた。
んだが、アンドレイのやり方を真似て刀身の研磨を行ってみた結果、この通り何度も何度も駄目出しを食らってしまっていた。
「いや、どう違うんだよ。この角度で刀身を滑らせるようにこう、だろ?」
「馬鹿野郎、それじゃただ滑らせてるだけだろうがよ。ちょっと代われ。ほれ、こうだよこう。あんたのやり方はまるでなっちゃいねぇ。音も全然違うだろうがよ」
「えー? 違うか? って、そんな睨むなよ。違いが分からないってだけでアンドレイの技術を馬鹿にしたわけじゃないから。いや、ごめんって」
心臓の弱い人なら殺せそうなほどの眼光を飛ばされたので頭を下げて謝ると、アンドレイは一つ鼻を鳴らしてもう一度実演してみせてくれる。
「どうだ、分かったか」
「……うん、分からんけど」
「んだよ。これで分からねぇんなら教えようがないぜ。もう俺がやるか?」
「いやまぁ、その方が確実にいい仕上がりにはなるだろうけど、それじゃあ意味がないだろ。金の余裕もないわけだしさ」
「……」
アンドレイはやれやれという風に短い溜め息をつきながらも俺に剣を手渡すと、腕を組みもう一回やってみろとばかりに顎を向けてきたので、再度研磨に挑戦してみる。
この店で買った商品なら基本的に無料で研磨をしてもらえるはずなのに、なぜ俺がこのように慣れない作業をこなしているのかというと、この剣がここで買ったものではないからだ。
──話は以前のワイルドボア討伐任務の時まで遡るのだが、あの日俺はいくつかの装備を紛失した。
防具に関してはグローブ以外は革製のものがあるので、グローブのみを購入し直すことでなんとかなったのだが、問題は武器にある。
クレアに預けていた小剣だけは帰ってきたが、俺が主武器として使っていた槍と、身を守るための盾を失くしてしまった。
そのため任務の翌日にその代替品を探し求めてここへやってきたのだが、以前に色々なものを買ったことにより俺の持ち金は残りがかなり心許なく、結局新たな装備の購入は見送ることにした。
だが、さすがに武器が小剣だけというのも不安が残るのは確かなので、その辺りの相談をミリオに持ち掛けたところ、ミリオたちの父親が以前に使っていたという長剣を譲ってもらうことができた。
正直に言えば、人様のものを許可なく勝手に使うことには抵抗があったのだが、二人の両親が居なくなってからは誰も使用しておらず、かといって捨てるわけにもいかないので、物置で埃を被り続けているぐらいなら誰かが使うべきだというミリオの言葉を受けて俺が使わせてもらう流れになったわけだ。
ここへ来たばかりの頃の俺では重くて扱うことのできなかったであろうこの長剣も、今ならば扱うことができるだろうということで鞘から引き抜いてみたところ、その刀身には僅かに錆びが浮かんでいて斬れ味も落ちていそうだったので研磨の方法を教えてもらおうとアンドレイを訪ねたのだが、あれからそれなりの時間が経っても未だに作業はまるで進んでいないのだった。