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村長

 村長宅は村の一番奥にある大樹の根本に建てられていた。

 ここにくるまでに見た一般的な家屋に比べてかなり大きめな造りなのは、権力者としての存在の誇示としてなのか、それとも何か他に理由があるのかどうなのか。

 入口の扉にはレリーフが施されていて、遠くから見ても特徴的だったが近づくことで更に細部まで明らかになった。これは、犬、かな? と、扉の芸術的な彫り模様を眺めていたのだが、見慣れているためか気にした風もなく扉に歩み寄り、ノックをするセシリィ。

 すると中から、はい、どちら様でしょうか? という女性の声が聞こえ、それに対しセシリィが、セシリィよ。とだけ簡潔に返すと、あぁ、セシリィですか。という少しくだけた声音に変わり、その直後に内側から扉が開かれ、中からメイド服を着た猫耳の獣人が現れた。


 「ようこそいらっしゃいました、お三方。…とお客様」

 「どうも。アンタのご主人様のご要望通り治療が済んだから連れてきてやったわよ」

 「それはそれは、ありがとうございます。なるほど、そちらの方が例の行き倒れの?」

 「そそ、例のやつよ」


 …明らかに俺のことを指して言ってるんだろうけど、行き倒れとか例のやつってもうちょっと言い方なんとかならなかったんですかね? まぁ、間違ってはいないんだけど。


 「かしこまりました。旦那様がお待ちしておりますので、こちらへどうぞ」


 猫耳メイドさんは一度頷くと、村長がいるであろう部屋へと俺たちを先導し始めた。

 というか村長さん、猫耳メイドとかなかなか濃い趣味してるよな。メイド服は丈が長くて露出の少ない無駄な装飾のない簡素なものだけどそれだけにマニアックな風味が漂ってくる。スカートには尻尾を出すための穴が開けられているのか、腰の辺りから黒い尻尾が垂れ下がっている。黒い衣装に白いエプロン、ゆらゆら揺れる尻尾にカチューシャの後ろでぴこぴこ動く猫耳が上手い具合に噛み合っていて、見ていて非常に癒される。

 まぁ実際はそんなマニアックな意図を持ってるということはなく、単純に家政婦としての衣装がこれなのだろうが、自分の知識の中にあるメイドといえばそういう色モノめいた印象が強いため、どうしても思考がそちらに引き摺られてしまうのは仕方のないことだと思う。

 そんなどうでもいい考えを巡らせている間に目的の部屋についたのか、扉の前でメイドさんが立ち止まり部屋の中にいる自分の主人に声を掛ける。


 「旦那様、セシリィが例のお客様を引き連れていらっしゃいました」


 …引き連れていらっしゃいましたってなんかすごい言い回しに聞こえるんだけど気のせいか?


 「あぁ。入ってくれ」


 部屋の中から村長の声だと思うけど、獣の吐息のようなものが混じった腹の底に響くような低音の声が聞こえ、メイドさんが部屋の扉を開けた。

 そして、部屋の中に通されるとその中に居たのは金色の毛を持った狼男だった。


 「よく来てくれた、私がこの村の村長の座についている銀狼族のシャッハホルンだ。立ち話もなんだ、まずはそこに掛けてくれ」


 そう言って、村長のシャッハホルンさんに勧められて革製のクッションが敷かれた木製の椅子に躊躇いもなく座っていくエルフ娘たちに続いて俺もおずおずと着席を果たす。

 …村長さん見た目超恐いんだけど。ギルドマスターも初めて見た時は裏家業の人かと思うぐらいの厳つさを感じたけど、この人からはそういう類いの恐さじゃなくもっと根本的な部分、本能的に恐怖を呼び起こされる感じがする。野生の獣と対峙した時のような喰われるという恐怖だ。

 だって見た目が本当ただの獣なんだもん。そりゃ恐いよ。ここに来るまでにも何人かは、まんま獣の人を見たけどここまで威圧感を感じた人はいなかった。

 というか銀狼族って言ってたのに体毛が金色なのはなんでなんだろ? 染めたの?

 とりあえずまずは傷の治療をしてくれたことの感謝をするべきなんだろうけど、声を発するどころか目を合わせることもできない。正直、この人と比べたら魔物から感じる圧力なんて子供騙しもいいところだ。どうしよう。何か泣きたくなってきた。


 「…恐いか?」

 「…え?」


 俺が恐怖を覚えていることに気づいたのかシャッハホルンさんが遠慮がちに話し掛けてきた。


 「どうやら私の姿は獣人族の中でも特にいかめしいらしく、初めて顔を合わせる相手には威圧感を与えてしまうらしくてな。すまない」

 「だよね。アタシも最初見たときはあんまりにも恐いから魔物と間違えたぐらいだもん」

 「…ん。村長は、恐い」

 「もう、リィちゃんもエルちゃんも失礼だよ。大丈夫だよアスマ、村長さんこんな顔してるけどすっごく優しいんだから」

 「アンタだってこんな顔って言ってるじゃない」

 「え、いやいや違うよ? そういう意味じゃないからー!」

 「でも村長は自分がそういう風に見られてるっていうのを気にしてるならもっと笑顔を振り撒かなきゃ駄目よ。ほらやってみて」

 「む? むぅ」

 「うわっ!こわっ!」

 「…こわ」

 「う、うん。それはさすがに私もちょっと恐い、かも?」


 皆がおどけた態度で賑やかにはしゃいでいる。

 …もしかして、俺が萎縮してしまっているからわざと騒がしくして俺を元気づけようとしてくれてるんだろうか?

 気を使わせてしまったか…。駄目だな、いくらなんでもこのままじゃ駄目だ。

 いくら恐怖で精神的に参ってしまったといっても、結局それは俺の心の弱さが招いたものだ。気を使わせてしまったという結果はもう変えられないけど、これだけお膳立てしてくれているんだから、せめて今からでもこの心に巣くった恐怖心を振り払え。笑え。今のこの状況を心の底から笑え。笑って恐怖を断ち切れ。


 「は、ははっ。あはははっ!」

 「ふふん、さっきまで縮こまってたくせになぁに笑ってんのよ。このこの」

 「…元気、出た」

 「あははっ、うんうん。やっぱり皆笑顔が一番だよね!」

 「ふむ。笑顔。難しいものだ」


 冒険者として活動を始めれば、いずれまたこのような恐怖心に心が雁字搦めにされるようなこともあるだろう。だが、恐怖などというものは、結局自分の中で肥大させた恐れという感情なんだから、今のように他の強い感情で上書きしてやればどうとでもなる程度のものなんだ。だからこの苦い経験も全部飲み込んで成長の糧にして、もっと強くなろう。肉体的にも、精神的にも、そして、人間的にも。

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