落ち込み2
「いや、そんな顔でなんでもないって言われても納得できないっていうか。その、言いづらいことだっていうんならこれ以上は聞かないけど、でも、なんていうか心配だからさ、できれば理由を教えてくれたら嬉しいんだけど。どう、かな?」
余計なことを言わないように気をつけ、首の後ろに手をやってそう言うと、クレアはなにかを考えるように何度か視線を中空へさ迷わせていたが、それ以上誤魔化すのは止めることにしたのか、こちらへ視線を合わせると一度深く息をついて口を開いた。
『……これは私の問題だからアスマ君には話す必要はないと思ってたの……でも……それで心配を掛けちゃってたのなら……ごめんね』
「別に謝る必要はないけど、話してくれるんなら相談ぐらいには乗れるかもしれないから、さ」
『……うん……そうだね……ありがとう……アスマ君』
そうして柔らかい笑みを浮かべたクレアにこちらも笑顔で返すと、クレアは『ここじゃ邪魔になっちゃうから』と言って訓練場の端へと向かっていったのでそれに続いていき、壁を背にしてその場に腰を下ろす。
『……あのね……この前のワイルドボアのリーダー……あの黒い獣のところに私とカイル君が行った時の話なんだけど』
「うん」
あの時の話か。色々なことがあったせいで所々記憶が曖昧になっている部分もあるが、その時のことは覚えている。
リリアたちがやられて、スキルを使えない状態の俺も獣の土魔術で作った檻に閉じ込められていた時のことだ。
思い出すだけでも苦い記憶だが、それだけに今もはっきりと頭の中に刻み込まれている。
『……あの時……アスマ君言ったよね……さっさと逃げろって……ここに居られても邪魔だ……迷惑だって』
…………おう。
たしかにそんなことを言った気がする。というか言った、な。
いやでも、あの時は俺も必死だったし、あれはみんなを危険な目に遭わせたくなかったからであって……って、そうだとしても結局言ったことに変わりはないわけで、クレアからしてみれば自分が邪魔者扱いされたってことで怒るのは当然というか、自分を信じてくれなかった俺を嫌いになるには十分すぎる理由なわけで……。
「あー、いや、クレア。なんていうかあれは」
『……うん……私たちを気遣って言ってくれたことだっていうのは……分かってるから大丈夫だよ』
「……そっか」
それは、よかった。うん、よかった。よかったー。
『……でもね……あの時に思い知らされたんだよ……自分がやっぱりまだまだなんだってことを』
「さすがにあれは相手が悪かったってだけで、クレアも十分強くなってると思うぞ。少し前まではほとんど戦闘をしたこともなかったのに、今じゃ複数の魔物相手でも余裕を持って戦えてたし」
成長速度ならクレア以上のやつなんていないんじゃないかと思うぐらいだ。
『……あれは相手が弱い魔物だったからだよ……私が目指してるのはアスマ君の隣だから……本当に強い相手を前にしても一緒に戦える強さだから……もっと強くならなくちゃ……今のままじゃ全然足りないんだよ』
「……クレア」
『……私も……リリアちゃんやユーリちゃんみたいに……役に立つ魔術を使えたらアスマ君を補助することができたんだけど……それは無理だから……だから今よりももっともっと強くならないと……次にあの獣みたいなのが出てきた時に……足を引っ張らないように……せめて今の状態のアスマ君には勝てないと話にならないんだよ』
そう言って手のひらが白くなるほどに拳を強く握り締めたクレアは、唇を固く結んで俯いてしまった。