馬鹿
「んじゃ、これが兄ちゃんとクレアの分な」
「あぁ、ありがとう」
冒険者ギルドで報告を済ませたカイルから俺とクレアの任務報酬が入った革袋を受け取る。
「一応中身の確認はしといてくれよ。間違えてはないと思うけど」
「おう」
袋を開き、中に入っている硬貨の数を確かめる。
たしか今回の任務報酬があれだから……うん、合ってるな。
「うん。ちゃんと合ってるぞ」
「よし。それじゃあ、今回も無事任務達成お疲れってことで。兄ちゃんたちは今日もこれから訓練場に行くのか?」
「まぁ、体も動かし足りないしそのつもりだけど」
確認のためにクレアに視線を向けると彼女もそのつもりのようで、頷いて同意を示してみせた。
「じゃあ一緒に行きましょうよ。今日は私たちも行くつもりだったし」
「ん。みんなで模擬戦しよー」
「二人の邪魔にならないならだけど、いいかな?」
と、俺たちの会話に乗り掛かるようにリリア、ユーリ、オリオンの三人がそう提案してくる。
「あぁ、全然いいよ。邪魔なんかじゃないさ。人数が多い方ができることも増えるし」
『……うん……みんなで一緒にやろう』
それに対して俺たちが快諾すると、リリアが「やった!」と言ってクレアを後ろから抱き締める。
なにがそこまで嬉しいのかは分からないが、クレアもリリアやユーリと一緒だと楽しそうなので良しとしておく。
「あ。でも、その前にちょっと馬鹿の相手をしなきゃいけないから少し待ってもらってもいいか?」
「馬鹿?」
「あぁ。いつもの感じならたぶんそろそろ」
「おい、黒髪!」
そうこう言っているうちに、少し離れた場所からこちらを怒鳴りつけるような声が届き、ため息と共に渋々そちらへと視線を向けるとそこには腕を組み堂々とした立ち姿の一人の男がいた。
「やっぱりきた」
「あぁ、なんだザックじゃん」
そう。俺のことを黒髪というふざけた呼び方をし、馬鹿みたいに自信を漂わせてそこに立っている男こそは、以前冒険者ギルドでクレアにいちゃもんをつけてきたザックという冒険者だ。
「お前まだ兄ちゃんに絡んでるのかよ。懲りないやつだな」
「うるせぇんだよ、カイル。これは俺とそいつの問題だ、放っとけ」
ザックはきつい口調でカイルを突き放して向こうへ行けとばかりに手を振ると、こちらを睨みつけるように強い視線を向けてきた。
「おら、黒髪よぉ。今日こそ決着つけてやるから覚悟しろや!」
「決着もなにも毎回お前のボロ負けだろうが、馬鹿が」
「あぁ!?」
黒い獣との戦いを終えこの街に帰ってきてから十日が経ったが、こいつはそれから毎日のようにこうして狙いすましたかのように現れては勝負を挑んできている。
正直俺としてはこいつの顔も見たくないぐらいなのであまり関わらないでほしいのだが、打ちのめしてやればその日はもう俺たちの前には現れないので、今では現れるたびに速攻で勝負をつけて目の前から消え失せさせている。
「あーあー、凄むなよ鬱陶しい。ほら、勝負するんだったらさっさと行くぞ。負け犬」
「誰が負け犬だこら! ぶっ殺すぞてめぇ!」
またこいつは性懲りもなく簡単に殺すなんて言葉を使いやがって、相変わらずむかつくやつだな。
「あ? やれるもんならやってみろよ、雑魚が。今日も土下座させてやるからお前こそ覚悟しとけよ」
「あ? またそれかよ。なんで俺があんなやつに」
「あんなやつだ?」
「……くっ。クレア……さんに、あんな真似を」
イラっとしてそう聞き返すと、ザックは悔しそうな表情を浮かべてクレアのことをさんづけで呼び直す。
「これはお前が最初に言い出したことだろうが。負けた方が勝った方に謝るってな。まさか自分から提案したことを無かったことになんてしないよな?」
「……ちっ。当たり前だろうが! 今日こそお前にあの土下座とかいう馬鹿みたいな謝罪をさせてやるから覚えとけや!」
という、もはや日課に成り果ててしまっているやり取りをしつつ、周囲の反応を置き去りにして、俺たちは勝敗の見えている勝負をするため足早に訓練場へと向かうのだった。