圧倒
東の洞窟内部。
光もほとんど入り込まないような暗闇の中、照明としての松明を手に奥へ奥へと慎重に進んでいく。
足下には所々にぬかるみがあり水気を含んだ足音が妙に耳につくが、そちらは敢えて無視を決め込み、それ以外の気配を全身で感じ取りながら進み続ける。
と、不意に奥から何者かの笑い声が響き渡ってきた。
それはどこか下卑た印象を抱くもので、聞いていて心地のいいものではない。
だが、その笑い声こそがこの場に目的の対象が居るという証拠であり、後ろの仲間に無言で頷くと自分の松明をその場に立て掛け、声の発生源へ向けて単独で駆け出していく。
暗闇の中でも視界を確保できるように視覚を強化し、無遠慮に足音を反響させていると途端に笑い声が止み、代わりに金属を打ち合わせたような甲高く頭に響く音が聞こえてくる。
何を目的としてそんな音を立てているのかは分からないが、それに構わず走り続けていると視界の先にぽっかりと開いた大きな空間が現れ、そこに今回の標的を発見する。
それは緑色の外皮を持った小柄な体躯の魔物。ゴブリンだ。
ざっと見るだけでもこの空間内に十数体は存在していて、各々が武器や農具のようなものを手にして、数体のゴブリンが両の手に持った金属片を打ち鳴らしていた。
そして、その更に奥。
他の個体に比べると明らかに大柄な体躯を持ったゴブリンが三体いた。
それらはその身に金属製の防具を纏い、大きな剣、斧、棍棒とそれぞれが別の武器を肩に担ぎ、にたにたと醜悪な笑みを浮かべている。
自分が圧倒的な強者だと信じて疑わないその表情に、ある獣の姿を幻視して血が熱くなりそうになるが、すんでのところでそれを抑え込み意識的に息を整えると、回りの雑兵には目もくれず奥の三体だけを見据えて空間内へと踏み込んでいく。
すると、直後にゴブリンたちは武器を持っているのとは逆の手に握り込んでいた石をこちらへと投げつけてくる。
が、ゴブリン程度の筋力で投げつけられたそれには大した脅威も感じられず、前進しながら体さばきだけでそれを避けていると、背後からの攻撃に《危険察知》が反応し、その反応外へと逃れるように身を捩る。
半身になってそちらへと視線を向けてみれば、回転しながらこちらへと飛来する片手斧が確認でき、その先にはもう一体の大柄なゴブリンの姿を見ることができた。
一本道のどこに隠れ潜んでいたのかは知らないが、先程からの耳障りな金属音や、煩わしい投石の類いはこれを悟らせないための布石だったということか。
なるほどと感心しながらも、その斧へと手を伸ばして柄を掴み取ると同時に体を回転させ、《力の収束》を発動してそれを投げ返すと、予想外の事態に大きく目を見開いたゴブリンの頭部へ突き刺さり、衝撃でその体は後方へと吹き飛んでいった。
その光景を見た他のゴブリンたちは、今まで響かせていた音や、威嚇、笑みを消し、反対に恐怖を滲ませるように顔を引きつらせている。
「なんだ、こんなもんか」
その反応に僅かな落胆を覚えるが、所詮ゴブリンならこの程度かと納得して歩を進める。
小さなゴブリンたちはこちらの動きから逃げるように散開すると、奥にいる大柄なゴブリンたちを置き去りにして逃げ出していくが、それを気にも止めず更に奥へと足を進める。
大柄なゴブリンたちは各々がこちらへ武器を向けて威嚇の姿勢を向けてくるが、そこには先程までの余裕は一切感じられず、動揺からか大きく息を荒げている。
「まぁいいや。じゃあ、やろうか」
腰から引き抜いた小剣をゴブリンたちへと突きつけると、力を解放して戦闘を始めた。