話し合い2
「そうだね。個人的にアスマのことは信用しているけど、それとこれとは別の話だしね」
「あぁ。もしもこの力が悪意を持って俺に植え付けられたものなんだとしたら、いつどこでそれが暴走してしまうか分かったものじゃないし疑って掛かるぐらいの方がいいだろうな」
今のところはまだスキルという能力の枠を超えた暴走をみせたことはないが、何者かがこの力に干渉する機会を見計らっているという可能性を捨てきれない以上は、手放しに信頼するというのは悪手でしかない。
常に疑い続けなければいけないのは精神衛生的にも負担でしかないけど、それで一定の安心を得られるのならそれも仕方のないことだろう。
『……それでも……それでも私は……アスマ君のことを……信じてるよ』
だが、それでもクレアはそう言ってこちらへ盲目的な信頼を寄せてくる。
『……もし……誰かがアスマ君を利用しようとしてても……アスマ君なら……そんなのに負けないって信じてる……それにね……アスマ君が一人じゃどうしようもなくなっても……私たちがいるから……なにかあっても絶対に止めてみせるから……だから……アスマ君も私たちのことを信じて……頼ってくれていいんだよ』
「……クレア」
自分の胸に手を当て、真っ直ぐにこちらを見詰めてくるクレアの言葉に心が暖かなものに満たされて、つい口元が綻んでしまう。
問題を自分一人で抱え込まなくてもいいと、自分たちを信じて任せてくれてもいいと、理屈の上では分かっていてもそれを言葉にくれるだけでどれほど気持ちが軽くなったか。
この子はいつもこうして俺を安心させてくれる。心を救ってくれる。
『……だから……ね?』
「あぁ。二人のことは頼りにしてるよ。ありがとうな」
その気づかいに対して笑顔で礼をすると、クレアは『うん』と言ってはにかんでみせ、ミリオは「しょうがないね」とばかりに頷いてみせた。
「それじゃあこの話はこれでおしまいかな? 他にはなにかある?」
「えっとだな。じゃあ、こっちも話とくか。グランツさんにだけ話して二人に話してないのはなんか変な感じだし」
ということで、重要かどうかも分からないし信じてもらえるかも分からないが、実は自分が異世界から来たのだということを二人に話しておく。
「ってわけで、起きたら西の森の入り口辺りに居て、そこからなんだかんだでゴブリンと戦闘になって、ミリオに助けられて今に至るって感じかな」
「……」
『……』
と、簡単に前の世界での話をして、こちらに来てからの流れを説明してみたものの、それに対して二人はなにから言えばいいのかを迷うように、口元に手を当てて同じポーズで考えごとをしている。
「えっと、まず最初に聞きたいんだけど、それって本当の話なの?」
「あぁ。嘘偽りなくな」
「うん。いや、たしかにアスマは普通の人なら知ってて当然の知識もなかったし、変な力を持ってるわりに戦闘経験や技術なんかもからっきしだったからおかしいとは思っていたけど、それにしても違う世界か……」
さすがにすぐに信じることはできないのか、自身の額を指先で小突くようにしながら、ミリオは更になにかを考えているようだった。
「クレアはどうだ? 俺の話嘘だと思うか?」
『……ううん……アスマ君は……嘘をついたことはないから……本当のことを言ってるってことは分かってるんだけど……どう反応したらいいのか分からなくて』
「ははっ、だろうな。でも、別に難しく考える必要なんてないからな。なんとなく二人には知ってて欲しいから話したってだけで、そんな大層な話じゃないから」
そうやって軽く流すように言うと、二人は微妙な反応をしながらも一応といった感じで頷いて納得してみせる。
そう。これは別にそこまで重要な話ではない。違う世界なんていっても、大きな目で見てみればそれほど大した違いなんてものはないからな。
スキルを与えられたのはたぶんこっちに来た時なんだろうけど、それを与えられたタイミングなんて正直どうでもいい話だ。
もしかしたら、世界が違うのに言葉が通じたりしているのもその時になにかをされたのが原因かもしれないが、それについてはただありがたいだけだから問題はない。
うん。やっぱりこれに関しては重要なことなんてなにもないな。
「よし、じゃあ俺からの話はこれで終わりだ。ってことで、俺が始めた話し合いだけど解散ってことでいいか? まだ疲れが残ってるから今日はもう休もうと思ってるんだけど」
「そうだね。二人とも初任務がいきなりそれだったなら疲れても当然だろうし、ゆっくり休みなよ」
「おう。そうさせてもらう。んじゃ、二人ともお休み」
『……うん……お休み……アスマ君……お兄ちゃん』
そうして無事に話し合いは終わり、部屋に戻って一人ベッドに倒れ込む。
「ふぅ」
そして、一息つき目をつぶる。
「……」
閉ざされた視界に映るのは、黒い獣の姿。
それを思い出すたびに心の奥底に沈めていた暗い感情が蘇り、焼きつきそうなほど血が熱くなり、それを抑えつけるように歯を食い縛り体を丸めて縮こまる。
「……くっ」
何故未だにこれほどの怒りを抱えているのかは分からない。
だが、今も燻り続けているこの怒りを忘れるな。この怒りを以て自分を追い込み続けろ。それを原動力にして強くなれ。次は絶対に負けないように強くなれ。強くなれ。強くなれ。
そうして、呪詛のようにそう心で呟き続け、疲れ果てて眠りにつく。
──今度は絶対に……。
とりあえず二章完結です。
思っていたよりもかなり長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さった方に感謝を。
忙しさを言い訳に最近更新が遅れてしまっていますが、引き続き三章を開始しますのでよろしくお願いします。