疑念3
真っ直ぐに視線を合わせてそう言うと、グランツさんは訝しむように眉をひそめた。
「ふむ。なんだ、そいつはなんかの冗談か?」
「……冗談、か。ま、いきなりこんなことを言ってもそうなるよな」
そもそもの話、俺たちの間には信頼と呼べるようなものはなく、関係としてはただの上司と部下のようなものだ。
そんなやつが突拍子もないことを言ったところで、帰ってくる反応はこんなところが関の山だろう。
正直に言えば、自分はその特異性からこの人に気に入られているんじゃないかと思っていたこともあるが、それも今思えば、ただ単に観察対象として気にかけられていただけだと分かってしまったので虚しいだけの勘違いだ。
「違う世界っつーと、勇者召喚とかそういう類いのお伽噺にあるあれだろ? お前はそっから来たっていうのか?」
「勇者と同じ世界から来たかどうかは分からないけど、まぁそんな感じだ。ちなみに証拠とかはないから信じられないっていうならそれでいいよ」
むしろ、そんな簡単に信じられても逆にこっちが信じられないだろうしな。
「あ? じゃあなんでそんな話をしやがったんだよ」
「なんでって、聞かれたから正直に答えただけだよ。俺の名前は小金井アスマ。気がついたらこの世界にいて、死にかけてるところをミリオに拾われてこの街にやってきただけのただの迷子だ」
迷子っていう歳でもないけどな。
「こんな異質な力を持ったやつがなにを言ったところで信じられないって気持ちは分かるし、あんたが俺に疑念を抱いてるのは仕方のないことだと思う」
俺だって同じ立場だったならこんな素性の知れないやつを信用することなんてできないし。
「でも、俺は俺だ。もしもこの力が魔族かそれ以上の存在によって与えられたものだとしても、それを扱ってるのは俺の意志だ。そこだけは誰にも否定なんてさせない」
この力を頼りにしなければこの世界では生きていくことすらも難しいけど、だからといってこの力のいいなりになるつもりなんて毛頭ない。
誰がどんなつもりでスキルなんてものを俺に与えたのかは分からないが、この際そんなことはどうでもいい。与えられたというのなら、俺はこれを自分の意志で使いこなすだけだ。自分の敵を倒すために、自分の大切なものを守るために。
「ただ、俺はまだこの力を完全に制御できてるわけじゃないから、この前みたいにまた暴走することがあるかもしれない。だからその時はさ、あんたが俺を殺してくれ。誰かを傷つけてしまう前に、躊躇なく完全に息の根を止めてくれ」
「……ほぉ」
それが俺の覚悟であり、この人が抱いている疑念に対する答えだ。
「それぐらいあんたなら簡単にできるだろ?」
「はっ、当たり前だ。お前程度がどんだけ強化されようと俺の敵じゃねぇよ」
鼻で笑い飛ばすように、グランツさんは自信満々にそう答える。
「ただし、そうならないようにお前も最大限に気を使えよ。お前の力にはまだ興味があるからな。失くすには惜しい。それにだ。お前がこのままその力を使いこなしていけば、いずれその力を与えたやつが接触してくる可能性がある。そいつにはいくつか聞いておかないといけねぇことがあるからな」
「そうだな。それは俺も一緒だ」
聞きたいこと、聞いておかないといけないことは山ほどある。
「そんじゃ、今んとこできる話はここまでだな。違う世界から来たっていうお前の話はとりあえず保留だ。確かめようがないことをだらだらと話しても無駄だし、その力についても魔族の関与が疑われるが、だからっつってお前を拘束したところでこっちにはなんの利もなさそうだしな」
そう言って、急速に目から力を抜いたグランツさんはあくびまじりに体を伸ばしている。
「ってことで、解散だ解散。待たしてる嬢ちゃんにも悪いからさっさと行ってやれ」
「あぁ。悪いな、色々と」
「このぐらいの面倒なら慣れてるから気にすんな」
そんなことはいいからさっさと行け、と言わんばかりに手を振るグランツさんに頭を下げて部屋から出ていこうとするが、そこで一つ疑問が浮かんだので最後にそれだけを聞いておこうと思い、もう一度向き直る。
「あのさ、そういえば初めて会った時にスキルのことはまったく知らない風に言ってたけど、黒い獣と戦ったことがあるんならそういった力があること自体は知ってたんだよな? ならあれって嘘だったのか?」
「あ? 嘘じゃねぇよ。獣はともかく、そんな能力を持った人間は見たことも聞いたこともねぇって話だろうがよ」
「あー、そういうことか。なるほど」
「ま、最初から怪しんだ上で泳がしてたのは事実だがな」
「……食えねぇおっさんだな」
「はっ、なんとでも言え」
僅かににやついた表情を浮かべるグランツさんにそう悪態をつくと、今度こそ部屋を後にして受付で待ってくれていたクレアと共に家路につく。




