道すがら
その後、いくつかの質問を答え終えた後、セシリィのそろそろ行かない? という一声により、ようやくこの場から移動することになり、続きは歩きながら話すことになった。
…情けない話ではあるが、俺は他人の会話の腰を折るという行為が苦手だ。それが暇潰し目的のどうでもいい話ならともかく、楽しい話だろうが、重い話だろうが、とにかく相手が真剣であればあるほどにそれを切り上げるタイミングを計るのが困難になる。会話を途中で終わらせることにより相手が自分に抱く印象がどのように変化するのか、それを気にし出すと思い切りがつかなくなり結局はずるずると相手に合わせてしまう悪癖だ。正直、ある程度の信頼関係がある相手ならば程度にもよるが、大して悪い印象を与えるということもないのだろうが、やはり気心の知れない相手になるとどうしてもその辺りを考えてしまうのは俺が小心者ということだからなんだろうか。
だから、セシリィが会話を区切ってくれたことは心底ありがたかった。
そして、ミーティアが言っていた通り建物の入り口に俺の武器が並べて立て掛けてあった。防具と同様に、こちらも血と脂が綺麗に落とされていた。
「すみません、武器の手入れまでしてもらって」
「あははっ、いいんだよそれぐらい。それよりも聞くのを忘れていたんだけど、そのシャツのお腹のところ破れてたから繕っておいたんだけど着心地はどお?」
あ。言われてみれば、このインナーシャツって何度もナイフを突き立てたから結構ズタボロに穴が開いていたはずなんだけど、それがなくなってる。
「はい。全く問題ないです。というか言われるまで破れてたことを完全に忘れてたぐらい着心地いいです」
「本当。よかったー」
正直、ぱっと見どころかじっと見ても繕った後が分からない上に触り心地も違和感はない。いったいどういう方法を使えばこんな綺麗に直せるのか皆目見当もつかないんだが、どうなってるんだか。
「ね、それでさっきの質問の続きなんだけど、アスマってこの森に何しに来たの?」
「あぁ、それは…っ」
セシリィが建物の扉を開いたので、その後ろに続きながらミーティアの質問に答えようとした時。建物の外の光景を見て言葉が止まってしまった。
「それは? 何? どうしたの、アスマ?」
「え、いや、あれって、まさか獣人?」
「何をそんなに驚いてるのよ? 獣人族がそんなに珍しいわけ?」
「…珍しいというか、初めて見ました」
「へぇ、そうなの。逆に珍しいわね」
おぉ、獣人が一杯いる。しかも獣が二足歩行をしているだけにしか見えないガチの獣人もいれば、人間に獣耳と尻尾が生えてるだけのなんちゃって獣人までいる。ここがもふもふ天国ですか?
…というか、この三人を最初に見たからここがエルフの村なんじゃないかと思ってたけど、もしかしてここって獣人の村だったのか?
「あの、ここって獣人たちの村なんですか?」
「うん、そうだよ。あ、もしかして勘違いしちゃってた?」
「あーはい。エルフの村なんだと思ってました」
「あははっ、違うんだなーそれが」
そっか。まぁ、でも獣人の村っていうのもなかなか興味深いよな。時間があれば色々見て回りたかったけど、今は時間がないから村長さんのところに行ったら直帰するしかないんだよな。また今度散策できる時を楽しみにしておこう。
というか、ここが獣人の村だってことなら村長さんも獣人なのか。…獣人のボスってぐらいだから熊とかか? 何にしても威圧感がすごそうな予感がする。それによくよくセシリィの言葉を思い出してみれば、村長は俺が起きたら連れてきてくれって言ってたっていう話だったから、村長は俺に何か用があるのか? 微妙に嫌な予感がするような、しないような。
まぁ、ヒールスライムを使わせてもらった恩があるから多少の頼み事程度なら引き受けても構わないけど、厄介な問題押し付けられたらどうしよう。とんずらしようかな? 絶対無理だろうけど。そもそも帰り道分からんし。
「それで、さっきの話の続きしてもいい?」
「えっと、この森に何をしに来たかって話でしたよね。実は冒険者になるための試験みたいなもので、オークを討伐しに来たんですよ」
「冒険者になる試験?」
「何それ? 冒険者って確かレベルが5以上なら誰でもなれるんじゃなかったっけ?」
「まぁそうなんですけど。俺レベル1なんで、それでも冒険者になる方法をギルドマスターに聞いたらこの条件を出されまして」
「は?レベル1? 何考えてるの、バカなんじゃないのアンタ。いや、その条件を出したやつの方がバカだけど。何でそんな条件飲んだのよ? レベル1でオークに勝てるわけないじゃない」
「もしかしてあの怪我ってそれが原因だったの? さすがに無茶し過ぎだよそんなの。レベルを上げて普通に冒険者になるんじゃ駄目なの? お姉さん手伝うよ?」
「あー、いや気持ちは嬉しいんですけど、無理なんですよ」
「無理って、手伝うのが?お姉さんこう見えても強いから大丈夫だよ?」
「じゃなくて、その、俺ってレベルが1から上がらない体質みたいで。どれだけ魔物を倒してもレベルを上げるのは無理なんですよ」
「え? レベルが上がらない?」
「ふぅん。ねぇ、ちょっとこっち見て」
「え? はい」
セシリィの方に顔を向けるとこっちの顔をじっと覗き込んできた。
…あの、そんなに見つめられると照れるんですけど。というか、近い、近いですよ。
「本当にレベルが1から上がらないの?」
「は、い」
緊張と照れ臭さで、体が固まってしまっていた俺の顔を数秒間覗き込んでいたセシリィだったが、何か満足したような表情を見せて一つ頷いた。
「どうやら嘘は言ってないみたいね」
「え?」
いや、確かに嘘は言ってないけど今ので何でそんなことが分かるんだよ。…もしかして読心術?
「あのね、私たちエルフってね、相手の目を見れば本当のことを言ってるかどうかが分かるの。便利でしょ?」
読心術ではなかったみたいだけど、何だその能力。え? じゃあエルフの人たちと顔合わせて話す時って嘘言ったら一発でばれるってこと?…何だそれ、魔眼かよ。
「でもレベルが上がらないならオークを討伐するなんて無理でしょ。今回はたまたま運良く助かったみたいだけど次はないわよ、冒険者は諦めなさい」
「そうだね。残念だけど、その方がいいんじゃないかな? 冒険者以外にもお仕事なんていっぱいあるんだから、他に何かできそうなこと探そ?」
「いや、オークならもう倒しました」
「は?」
「え?」
その後、倒した証拠の首飾りを見せたり嘘じゃない証明に目を覗き込まれたりスキルの説明をしたり、色々あって何とか信じてもらうことができ、そうこうしている間にようやく村長の住む家にたどり着いた。




