疑念2
「まだ俺が冒険者で、色々とこの大陸を旅して回ってた頃だ。大陸の最南端。魔大陸方面にある街にそいつは現れた……」
曰く。それは、鋭い牙と爪を持った狂獣だったそうだ。
その獣は、街を、人を、壊し、殺し、破壊と殺戮を繰り広げ、そこにあるすべてを殲滅し尽くしていた。
偶然その付近を探索していたグランツさんのパーティーがそこへ訪れた時には状況はすでに終了していて、その場には食い散らかされた死体と狂い猛る漆黒の獣だけが存在していたそうだ。
それを見過ごせなかった彼らはその獣を討伐することを決めたが、戦闘中、加速度的にその強さを増していく獣との戦いは熾烈を極め、戦闘が終了した頃にはグランツさん以外の仲間は身体の一部を欠損し、一人が命を落としたのだという。
「とまぁ、未熟だった俺は、その戦いで仲間を失くして、そこから色々あった末にこうしてギルドマスターなんかになっちまったわけなんだが、お前の言ってた獣と、その時に俺が戦った獣。似てると思わねぇか?」
「そう、だな。たしかに似てる」
俺が戦った獣に爪はなかったが、黒い力を纏い、戦闘中に能力が上昇していくところから、それが同質の力を有していたのではないかという推測はできる。
「でだ。それをギルドに報告したあと、周囲を調べてもらった結果被害を受けたのがその街だけだったってことから、その獣は魔大陸からやってきたんじゃねぇかってことになったわけだ」
「……魔大陸、か」
魔族や鬼族という、人よりも遥かに強力な力を持っている人外が生息する魔境。
「魔大陸の魔物全部がそんなデタラメな力を持っていないってのは分かってたが、その力が種族的な固有能力なのか、魔物が成長する過程で獲得する能力なのかまでは分かってなかったが、お前の話を聞いたことでそれを与えている、与えることのできる魔族がいるってことが分かった。こいつはとんでもねぇ発見だ」
「だろうな」
あの獣の発言から、あの力を発揮するには発動条件みたいなものがあるのはたしかだろうが、魔族の気まぐれ次第で潜在的にそんな力を持っている魔物がそこかしこで発生する可能性があるという事実は、考えるだけでも頭の痛くなる発見だ。
こんな事実が知れ渡ったら確実に面倒なことになるのは間違いないだろうし、だからこそクレアたちにこの話を聞かせなかったんだろうということは分かった。
「……って、あぁ、そういうことか」
だがそれと同時に、なんでグランツさんが自身の話を俺に聞かせてきたのか、なんで俺のことを魔大陸から来た存在なんじゃないかと言ったのか、それが分かってしまった。つまり──
「あんたは俺の、俺のスキルが魔族から与えられた力なんじゃないかって、俺が変異した魔物と同質の存在なんじゃないかって疑ってるってわけだ」
「はっ。まぁ、そういうこったな。それならお前が見逃された理由についても納得がいくしな」
たしかに、それが事実ならばあの魔族が俺を生かしたことについての説明はつくだろう。
俺があいつ以上の存在から力を与えられた存在なのだとすれば、あの時あいつが言っていた「あれに殺されてしまう」という発言にも納得できる。
「けど、さっきも言ったとおりそれはない。俺は魔族に知り合いなんていないし、魔大陸にも行ったことはないからな」
「ならお前はどこから、なんの目的でここに来た? ミリオに拾われる前の話だ。お前はどこの誰で、その力はどこで手に入れた?」
「スキルの話なら前にもしただろ、分からないって。ただまぁ、どこから来たかって話なら、できる」
この力については俺自身が知りたいぐらいだが、どこから来たのか、それだけははっきりと分かる。
あぁ、そうだ。疑われてしまっている以上、隠していても面倒が増えるだけだ。信じてもらえなくてもいい。ただ、事実を事実のまま、嘘偽りなく言えばそれでいい。それでもなにかを言われたらその時はその時だ。だから──
「なぁ、俺がこことは違う世界から来たって言ったら、あんたは信じるか?」