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討伐103

 だが、そうしている間に壁の向こうから知っている声が聞こえてきた。


「この辺りだよな、音が聞こえてきたのって! くそっ、あいつら倒すのに手間取りすぎた! いつの間にか火も全部消されてるっぽいし、兄ちゃん大丈夫なのかよ!」


 徐々にこちらへと近づいてきている声はカイルのもので間違いはないだろう。そして、誰かと話をしている様子なのを踏まえるとクレアも一緒なのだろうが、あの獣が気紛れで二人を標的にしないとも限らないし今こっちに来られるのはまずい。


「なんだあれ、壁? って、なんだ、あの黒いやつ。いや、それより、なんであいつらがこんなところに!?」


 カイルの反応的にあの三人が倒れているのを発見したのだろう。その口調には焦りが感じられ、足音が早くなる。


「おい! リリア、オリオン、ユーリ! どうした、なにがあった!?」

『……息は……ある……みんな生きてるよカイル君!』

「あぁ、見たところ気絶させられてるだけみたいだな。よかった。おい! これやったの、お前か?」


 先程は確認できなかったが、どうやら三人はそれほど大した外傷はないようで、その部分に関しては安心したが、それよりカイルがあれに対して敵意を向けているようだが、それは駄目だ。


「カイル!」

「!? 兄ちゃん? どこに、ってこの壁の向こうか?」

『……アスマ君……そこにいるの?』


 その呼び掛けに反応して二人がこちらへ問い掛けてくるが、それに対して「あぁ」とだけ短く答えると続けて二人に警告を促す。


「二人とも今すぐそいつら連れて逃げろ! そこにいる黒いのとは絶対に戦おうとするな! いいか!」

「え? いや、でも」

「でもじゃねぇ! 死にたくないならさっさと逃げろ!」


 これまでにないほど強い口調で二人にそういい放つと向こうから戸惑うような気配が伝わってくる。


「くくっ、連れないことを言うじゃないか。戦いたいのであれば俺は一向に構わんぞ? なんなら手加減としてこの場から一歩たりとも動かずに戦ってやってもいいんだぞ?」

「うるせぇ、お前は黙ってろ! ほら、なにぐずぐずしてるんだ! さっさと行け!」

『……アスマ君は……どうするの?』


 クレアがこちらを心配するようにそう言ってくるが、そんなことよりも今は自分の身だけを案じて行動して欲しい。


「俺は大丈夫だからみんなを連れて早くここから離れてくれ。そいつは俺を逃がすつもりはないようだし、そいつの相手は俺じゃないと無理だ。だから、頼むから、行ってくれよ」

『……そんな……だったら尚更だよ……アスマ君だけを残していくなんて……そんなのって……あんまりだよ』


 泣きそうな声で俺のことを思ってそう言ってくれるのは素直に嬉しい。でも、駄目だ。このあとの戦いにクレアを、みんなを巻き込むわけにはいかない。

 確実にこの戦いは、俺が今までに経験してきた戦闘なんかとは比べ物にならないほどに激しいものになるだろうから。

 ここに居たらその余波で間違いなく怪我をする。最悪、運が悪ければ死ぬことだってあるだろう。

 だから、言わなくちゃならない。それがどれだけ嫌なことでも、言わなくちゃいけないんだ。


「……悪いな。でも、はっきり言って、ここに居られても邪魔なだけなんだよ」

『……え?』

「いや、邪魔って、さすがにそれは」

「言いすぎってか? これでも優しく言ってやってるんだ。さっきまでは遠慮して言わなかったけど、やめだ。ちゃんと言わないと分からないっていうんなら言ってやるよ。お前も、クレアも、その三人も、それを相手にした場合誰一人として役に立たないんだよ。むしろ、気を使って全力を出せない分却って迷惑だ」


 わざと棘のある言葉を選んで、この場に留まられることがどれだけ俺の邪魔であるかを説明していく。


「戦闘に参加しようがしまいが結局そこに変わりはない。ただ無駄死にするだけだ。それが嫌ならさっさと行け。これ以上俺の気を煩わせて足を引っ張るような真似をするな。ほら、行けよ。とっとと行け!」


 駄目押しとばかりにそう言ってやると、ようやく二人は行動を開始したのか、その音が聞こえてくる。

 そうだ。それでいい。そのまま立ち止まらずに行ってくれ。


『……ねぇ……アスマ君』


 だが、一つ分の足音が止まったと思った直後にクレアがこちらへと話し掛けきた。それにどう反応するべきかを少し思案していると、その前に再度向こうから声が掛かる。


『……約束……守ってね』


 約束。それは、先程交わした絶対に生きて帰るという約束のことだろう。

 そう、俺は約束した。大切なものを悲しませることのないように絶対に生きてクレアの下へ帰ると約束した。


「……あぁ、分かってるよ」


 だから、当然こう答える。

 それを聞いたクレアはそこ答えに満足したのか、また歩き出す。

 俺の言葉を信じて、俺が約束を守り、無事に帰ってくるのを信じて。


「感動の別れというやつか。できもしない約束などよくも交わせたものだな」

「黙れって言ったはずだぞ」

「ふっ、まぁよい。それよりもまだ力は戻らないのか? それともあれらが逃げる時を稼いでいるつもりか?」


 黒い獣が僅かに苛立ちを込めてそう問い掛けてきた時、タイミングよく、失われていた力の脈動が再びその動きを開始する。


「いや、丁度今戻ったところだ」


 そう言った瞬間、殻を破るかのようにいくつかの限定スキルが自動的に発動し、その威力を以て俺を閉じ込めていたちっぽけなこの土壁をあっさりと破壊すると佇んでいた獣へと力を込めた視線を飛ばし、言い放つ。


「待たせたな。じゃあ始めようか、殺し合いを」


 そして、理性を捨てた獣同士の戦いが幕を切った。

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