討伐102
「あぁ、なんと素晴らしい力の脈動。見えるか? これこそが憎悪の極致へと至った生物の終着点だ」
黒き獣は、その瞳に狂気を宿らせつつも、自身が手に入れた新たな力に酔いしれるかのように恍惚とした声で語り掛けてくる。
だが、こちらからすれば、それは苛立った心へ更なる火をつけ、感情を逆撫でするだけにすぎず、沸き上がってきた怒りのままに声を上げる。
「……災厄、憎悪、呪力? それがどうした。お前だって今までに何人も人間を殺してきたんだろうが! それに、こいつらも……。自分だけが被害者みたいな面しやがって、こっちだってもうとっくに我慢の限界超えてんだよ!」
「ふっ、だったらどうするというんだ? 先程言っていたように俺を殺してみるか? ふっはっは、無理だな。あぁ、無理だ。力の制限が掛かっている今の貴様では、この俺に痛みを与えることすらもできないだろう」
嘲笑うかのようにそう言ってのけるリーダーに、「それがどうした」とばかりにナイフの先端を向け、なにをしてでも殺してみせるという意志を示す。
正常な思考なんてものはとっくに消え失せている。今俺を突き動かしているのは、怒りと殺意。ただその二つだけだ。
「うるせぇんだよ。今すぐその口利けなくしてやるから待ってろ」
「やれやれ。そう急くなと言っているだろうに。少し頭を冷やしたらどうだ?」
その言葉と同時、足下に魔力が集まるのが感じられ、直後に出現した土壁に四方を囲まれて、視界が閉ざされると共に行動に制限を掛けられてしまう。
「おい、ふざけるな! なんの真似だ!」
声を荒げて土壁を蹴り飛ばすが、当然その程度の一撃ではまるでびくともせず、逆にその反動で左肩に激痛が走りその場にうずくまってしまう。
「時間をくれてやる。貴様の力が戻るまでのな」
「は? どういうことだ。なにがしたいんだ、お前は!」
「なに、簡単な話だ。貴様にはこの俺の、この力の試金石になってもらう。それまでは下手なことはせずにそこでおとなしくしていろ。精々俺を楽しませることができるようにな」
「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ! いいからさっさとここから出せ!」
含み笑いのような気配を滲ませながらそう言ったリーダーはそれ以上俺と問答を繰り返す気はないのか、一切の反応を示すこともなく黙りこくっている。
「くそっ」と悪態をつき、そこから脱出するためにナイフを突き立てて壁の破壊を試みるがその成果はなく、魔術による脱出も現実的ではないのでその場に座り込み、心を落ち着かせるために呼吸を整えていく。
……冷静になれ。考えてみればこれは好機じゃないか。仮にここを脱出できたからといっても、今の俺じゃあいつに太刀打ちできないのは分かりきっている。だから今は耐えろ。
耐えて、耐えて、怒りを燃やし続けろ。舐めた真似をしたことを心の底から後悔させてやるように、人の仲間に手を出したことを償わせるために、あの子に殺意を向けたことがどれだけ冒涜的なことかを死の恐怖と共に味わわせてやるために。
暗い感情を煮詰めて、煮詰めて、その濃度を増していく。怒りを憤怒へと、憎しみを憎悪へと凝華させていく……。