討伐101
「あれ? なにもいない?」
そこにあると思われた死体が残っていないことにリリアは疑問の声を漏らす。
が、それに答える暇もなく、漂ってきた嫌な気配に引き寄せられるようにしてそちらへ視線を向けた瞬間──左肩に強烈な衝撃を受け視界が大きくブレると同時に、撥ね飛ばされるように体が宙を舞った。
「ぐはっ!?」
あまりの衝撃に意識自体が明滅し、上下左右が分からなくなるほどに感覚を掻き乱され、背中からなにかに衝突したような痛みでようやく体が止まったことに気づく。
「……っ、ぐぅ、う」
全身を襲う鈍い痛みと散逸しそうになる意識を、歯を食い縛ることによって無理矢理に押さえ込み、自分の置かれている状況となにが起きたのかを考えようとするが、なにが起きたのか、なんてことは考える必要もないほどに明白だろう。
ワイルドボアのリーダーから攻撃を受けた。あの状況、あの場面においてそれができたのはあいつだけであり、直前に感じた嫌な気配は間違いなくあいつのものだったのは確かだ。
あれが最初に俺を狙ったのも一応の理解はできる。だが、そこから追撃がないということは今まさにあの三人があれの標的になっているというわけで、それを考えるといつまでもこんなところで寝ている場合じゃない。今すぐに立ち上がってあの場に戻らないと。
「ぃぎっ!?」
だが、立ち上がろうとして体を動かした瞬間、左腕に刺すような鋭い痛みが走り地面に突っ伏してしまう。
その痛みは鈍さと鋭さが混合したような激痛で、骨が折れた時のそれと同一のものだと思われ、治療を施さないと使い物にはならないだろうということが分かる。
「くっそ、が!」
それでも、それは立ち上がらないための理由にはならない。
たしかに腕は痛いし、そのせいで脂汗は止まらないし、撥ね飛ばされた時に色々な場所に体を打ちつけたからか他の場所も痛いし、俺が戻っても状況をよくできるわけでもない。
それでも、俺は行かないといけない。あの三人は俺たちを助けるために勇気を振り絞ってこの場所に駆けつけてくれたんだ。それを見捨てるような真似は俺自身が許せない。絶対に、それだけは許せない。
「ぐぅぅぅっ!」
その意地で痛みを捩じ伏せて無理矢理立ち上がり、自分が撥ね飛ばされてきた時にできたであろう痕跡を頼りに、足を引きずりながらも一歩ずつ進み出す。
そして、戻った先で待ち受けていたのは、蹂躙され、倒れ伏した三人を見下ろす白いワイルドボアだった。
「リリア、オリオン、ユーリ! お前っ!!」
三人の姿を見た瞬間に、こみ上げてきた怒りをぶつけるように声を上げて睨みを飛ばす。
が、それを受けたリーダーは意にも介していないようにどこかへ視線を向けると、ぽつりと小さく言葉を漏らす。
「命というものは、どうしてこうも脆いものなのだろうな?」
「あ!?」
わけの分からないことを言い出したことに苛立ちを覚えたので凄んでみせるが、それに対しても特に反応は示さず、訥々と話し続ける。
「生物が生まれ、成長し、その天寿を全うするまでに要する時間が膨大なのに対し、どうしてその身、その魂はここまで脆いものなのか。不思議だとは思わないか?」
そこで初めて問い掛けるような言葉と共に、こちらへとその血のように赤い瞳を向けてくる。
「うるせぇんだよ、わけの分からないことをぶつぶつと。ふざけやがって。もういい、黙れよお前、殺すぞ」
「……殺す、か。殺す、我が同胞を手に掛けただけでは飽きたらず、ついにはこの俺までをも殺すときたか。くっ、くくく、くははははっ!」
なにがおかしいのか、リーダーは狂ったように笑い声を上げて大きく体を震わせている。
「いいぞ、いいぞ人間! 貴様のような傲慢で残忍な愚者に出会えたことこそは運命であり必然! 答えは得た。これが、これこそが真の憎しみというものか! ふははははははっ!」
「狂ってんのか、お前」
「狂う? ふっ。そうだ、貴様の、貴様たちのおかげでようやく俺はここまで狂うことができた。あぁ、感謝するぞ人間。これで俺はついに、この身、この魂の脆さから解放される。次の生物へと成る力を手に入れることができる!!」
その瞬間、リーダーを包んでいた黒い靄が濃度を上げ、それが炎のように体に纏わりつき、そして──
「さぁ、見せてやろう。これこそが我が主より与えられし災厄の力。憎悪の具現。すべてを葬り去る不倶戴天の呪力だ!!」
憎悪の炎を身に纏った、漆黒の悪獣が顕現した。