討伐95
煙を吸い込んでしまわないように口元を軽く手で覆い歩みを進めていくと、程なくしてどちらの影響もあまり受けない場所へと辿り着くことができたので、そこに腰を下ろして大きく息を吐き出す。
「ふぅっ。きっつい」
雑嚢に手を突っ込み、中から水の入った革袋を取り出して渇いた喉を潤し、上がりすぎた体温を下げるためにその残りを頭から被る。
「あー、生き返る」
それだけでなんとなく立ち上がる気力が湧いてくるような感覚を持つがそれは確実に勘違いなので、体の力を抜いて回復に努める。
その間にも少し離れた場所ではワイルドボアのリーダーが魔術を使用しているのか、先程のような音が断続的にこちらへ届いていた。
こちらともう一つの火元を消しているので、すぐさま追いつかれるということはないだろうがあまり悠長に構えてもいられないので注意だけは怠らないようにしておく。
「……ん?」
息を整えながら辺りの気配を窺っていると少し離れたところにある茂みが揺れ、葉の擦れる音が聞こえてきたのでそこから死角になる位置へと移動し、木の陰からそちらを覗いていると一体の小さなワイルドボアが姿を現した。
……あれは、子供か。
成体のそれに比べると明らかに小さな体躯をしたそれは、流れてくる煙と視線の先にある炎に見入っているのか、じっとそちらを見詰めたまま微動だにしていない。
あれがここにいるということは、もしかしてこの辺りに他の個体もいるんじゃ……。
それはまずい。どれだけの数がいるのかは分からないが正直に言って今戦闘になったらきついなんてもんじゃないぞ。
とにかくここから離れよう。見つからないように慎重に。
煙のおかげで臭いで居場所がばれる心配はなさそうなのでその点については安心だが、野生の獣は感覚が鋭敏なので物音や気配には細心の注意を払わないといけない。
そのため、足下に落ちている枝や幹から突き出している枝葉で音を立てないようにひっそりと足を進める。
「っ!?」
だが、そちらへと注意を向けすぎていたせいで目の前に現れた小さな影に気がつくのが遅れてしまい、目が合った瞬間にそれが甲高い獣声を上げ、直後にそれを聞きつけた他の個体の足音がこちらへと向かってくる。
「ちっ!」
上手くいかない状況に舌打ちをつくと、足音が聞こえてくるのとは反対の方向へと走り出すが、先程まで休んでいたことが原因か、急な動きに足が絡まり盛大に転んでしまう。
「くっそ!」
なにをやっているんだと自分に苛立ちを感じながらも急いで立ち上がるが、そうしている間にもこちらへと迫ってきていたワイルドボアたちがその姿を現した。




