討伐92
「くっ! この期に及んで目眩ましなどというくだらない真似をしおって」
手に持った松明で草木に炎を燃え移らせていると、不意に後方から苛立たしげな声が聞こえてきた。
「一体なにを狙って……。っ、貴様! そこでなにをしている!」
そちらへと顔を向けてみればワイルドボアのリーダーが怒号を上げこちらを睨みつけていた。
その視線は俺の手元の松明へと向けられており、それによってこちらの狙いを悟ったのだろう、全身から怒りの感情を迸らせるように体毛を逆立てている。
リーダーの注意が完全にこちらへと向いていることが分かり、今のところは狙い通りに事が運んでいるようで安心すると同時、更にその意識をこちら側へと誘導するようにわざと口の端を吊り上げて邪な笑みを形作り相手の感情を逆撫でする。
「ふざけるなっ!!」
それが予想以上に効果的だったのか、リーダーは激昂したように前足で地面を踏み鳴らすと魔術を発動させるためにこちらの足下へと魔力を集中させ始める。
さすがにそれはまずいという思いから走り出そうと身構えるが、俺が行動に出る前にリーダーの側面からカイルが躍り掛かったことで、それを避けるために魔術を中断させられていた。
「おらっ、余所見してんじゃねぇぞ! お前の相手は俺だろうが!」
「このっ、邪魔をするな!」
カイルの剣を避けると同時にリーダーは再度魔力を高めていたのか、詰め寄ろうとしていたカイルの足下から土槍が出現し、その身を串刺しにしようとする。
だが、カイルは軸足を捻ることで体を回転させて土槍を紙一重で躱すと、体勢を低くしてリーダーの真横へと一気に跳躍してみせる。
「しっ!」
そして、剣を腰だめのに構えると逆袈裟に斬り上げる。
が、その一撃は瞬時に展開された土壁により防がれてしまい、リーダーに傷を与えるには至らなかった。
「なめるなよ、小僧!」
リーダーが吠え猛るようにそう言った直後、なにかを感じ取ったのかカイルがその場から真横へ飛び退くと、土壁の表面が爆発したように崩れ、それと同時に土の散弾が壁の正面に撃ち放たれた。
「っぶね!」
間一髪それを躱すことに成功したカイルは、一度リーダーから距離を取ると大きく息を吐いて体勢を整えていた。
……今の魔術はあの時の土槍を爆発させていた時と同じやつか?
「ふぅ。あぶねぇ、あぶねぇ。前もってクレアから聞いてなかったら完全にやられてるところだったぞ」
どうやら俺がクレアに伝えていた情報をカイルにも伝えてくれていたようで、それで事前に察知することができたようだが、それにしてもよくあの距離で躱せたものだと思う。