討伐80
「追えっ!!」
僅かな間を置いて動揺から立ち直ったのか、背後からリーダーの叫ぶ声が聞こえ、その直後に複数の重い足音がこちらへと迫ってくるが、それと同時に先程から高めていた魔力を用いて魔術を発動させる。
「《フィジカルブースト》!」
スキル以外では俺が唯一行使できる自己強化魔術を使用して、向上させた身体能力の許す限りがむしゃらに全速力で走る。
木々の合間を抜け、木の根を飛び越え、邪魔な枝葉をへし折りながらとにかく走る。
薬の効果で体力、気力共に回復させることはできたが、あまりにも外傷が酷かったせいか傷をすべて完治するまでには至らず、軋む体に鞭を打って走り続ける。
目的は変わらずクレアやカイルとの合流。進む方向は敵の位置からしてこっちで合っているはず。
とにかくそれを果たさないことにはこの数を相手にできるはずもなく、俺一人ではスキルの再使用までの間を持たせるのも無理だ。
だから、なんとしてでもそこまで逃げ切ってみせる。そして、クレアに殺意を向けたあいつだけは俺が……。
その胸の内に湧き上がる黒い感情を抑えながらも必死に走って、走って、走り続けた足は、前方から現れたワイルドボアの姿を捉えた瞬間に止まってしまう。
「……まだ出てくるのか、一体どれだけ数がいるんだよ」
ぼやくように呟いて視線を巡らせてみれば、六体のワイルドボアの姿がそこにはあった。
待ち伏せされていたのか? ということはここまで先を読まれていた?
ちっ、どこまでもこっちの思考を上回ってきやがる。本当に嫌になってくるな。
槍と盾は先程の場所に置いてきたせいで持っておらず金属防具とグローブもないので、あの数の中を突っ切るには素手で対応するしかない。
一体か、もしくは二体までならそれでもどうにかなったかもしれないが、さすがにこの数はきつい。
後ろから追い掛けてきているやつらよりはマシかもしれないが、それにしても数が多すぎる。
下手に突撃すれば背後左右からの攻撃を捌くことができずに致命傷を負わされてしまう可能性が高いので、回復薬がない今うかつな行動はもう取れない。
だが、こうして迷っている間にもあいつらがやってきてしまう。いや、もうすでに遅かったか。気づけば背後からの足音はもうすぐ近くから聞こえてきていた。
「なんだ、逃げるのはもう終いか?」
そして、余裕を持って歩みながらこちらに嘲りを含んだ声を掛けてくるリーダー。
……こうなったら、もうやるしかないか。
分が悪いどころの話ではないが、ただやられるのを待つほど俺は諦めのいい男じゃない。たとえ勝ち筋がなくても、抗えるだけ抗ってやる。せめて一矢を報いるぐらいには戦い尽くしてやる。