討伐76
肌が粟立つほどの怒号を上げ、リーダーはその身に秘めていた感情をこちらへぶつけてくる。
先程まで言葉を交わし合っていた冷静な獣は鳴りを潜め、今目の前には本能という名の牙を剥き出しにした魔物がこちらを食い殺さんとばかりに目を血走らせ、憎悪に満ちた眼光を向けてきていた。
「……」
それに対して俺はなにも答えることができない。
こうなってしまっては強気な発言をしても相手の感情を逆撫ですることにしか繋がらず、かといって他の言葉を掛けたところでもうあの魔物がこちらの言い分に耳を貸すことはないだろう。
「ふん。もしやの可能性を考えて警戒していたが、やはりはったりの類いか。くだらん。もういい、やれ」
リーダーは噴き出した憎悪を散らすように大きな鼻息をつくと、俺という存在に見切りでもつけたのかあからさまに見下したような視線を寄越し、背後にいる配下の魔物に簡単な指示を出すと、それを受けた二体のワイルドボアがこちらへ歩み寄ってくる。
そして、目の前までやってきた個体のうち一体が何気なくその太く短い足を持ち上げると、それを俺の腹部に勢いよく叩きつけた。
「ぐぅううっっっ!?」
その強烈な重みに、食い縛った歯の隙間から今まで出したこともないような声が漏れ出る。
腹、潰れっ、痛いっ!痛いっ!
味わったこともないような痛みと重さに、全身が総毛立ち電流のようなものが身体中を駆け巡る。
瞬間的に額や背中から冷や汗が大量に分泌され、何故か異様なまでの尿意が込み上がってきた。
やめろっ!死ぬっ!死ぬっ!
筋が切れそうなほど見開いた目には白い光と黒い闇が連続して映り、筋肉は痙攣を起こしている。
だが、これはまずいと思っても圧倒的な重圧に押さえつけられているせいか体には一切の力が入らず、身動きが取れない。
痛いっ!寒いっ!熱いっ!
この一瞬ですでに体の感覚はおかしくなり、よく分からない焦燥感と恐怖に精神的に折れてしまいそうになるが、不意に、腹の上から重量感が消え失せたような感覚を覚え、いつの間にか止めてしまっていた呼吸が再開されると同時に視界に色が戻った。
「ぅっ、かはっ!」
が、そうして二度、三度と呼吸を繰り返していると先程の衝撃で体の内部が傷つけられたのか、吐き出した空気には血が混ざっていた。
……やばい。これは、本当に、死ぬ。
怪我や出血こそ大したことはないものの、先程の一撃が精神的に堪え、毒の進行も相まって生にしがみつくための気力がどんどんと失われていっている。