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森奥

 俺は今、森の中を猛烈な速度で駆け回っていた。

 何としてでも限界突破、起死回生の効果が切れる前に森を脱出するか、人に助けを求めないと今のまま腹から出血し続ければ確実に死んでしまうからだ。

 一応、傷口に布を強く巻き付けることで止血し回復魔術を掛けたのだが多少出血がましになっただけで傷口も開いたままだ。

 この世界の回復魔術は回復薬のように一定の傷を瞬時に治すような効果はなく、スキルの自己再生と同様に自然治癒力を高めることにより傷の治りを早くする効果があるだけだ。魔力強度によりその効果にかなりの違いはあるが、それでも瞬きをしている間に傷を完治させるほどではない。特に俺は魔術の扱いが下手なせいでスキル込みでも普通の回復魔術と同等程度の効力しか発揮させることができないというのは悲しい話だ。

 だがそれよりも極限状態を脱したことにより不屈の効果が弱まったせいか、俺の心は後悔と自己嫌悪の感情で憂鬱に支配されていることの方が問題だ。

 仕方がなかったとはいえ、自傷行為に及んでまで限界突破や起死回生と言ったとんでもスキルを頼ってしまった結果が、今現在の状況を生んでしまったからだ。

 あの時、もう少し慎重に警戒を切らさず事に当たっていればこのような無様を晒して焦ることもなかったはずだ。

 限界突破はまだいい。だが、起死回生だけには頼ることをしたくなかった。自分の意志で使ってみて分かった。この力はこの半年間の俺の努力を、人から教わった技術を、圧倒的な暴力により否定し、全てを台無しにする最低なスキルだ。そんなスキルを自分から代償を支払ってまで発動させてしまったことに対して、自分の至らなさを感じるとともに激しい自己嫌悪を感じた。自分の内側から圧倒的力の脈動を感じるがこんな物は所詮紛い物の力でしかなく、結局俺自身は多少の力を持っただけの無力な弱者でしかなかったということを痛感させられた。

 このスキルのお陰で命を救われたと思う反面、このスキルのせいで大事なものを踏みにじられたと感じる心の整理がつかず、さっきから頭の中で同じ問答を何度も繰り返し、その度に心がすり減っていくような感覚に苛まれ続けているのに今もこうしてその力の恩恵にあずかり、必死に駆け回り続けているという矛盾を孕んだ生き方をしているのが俺という生き物だ。

 だが、結局は俺の気持ち次第。心の持ちようなのだが、こればっかりはすぐに切り替えることはできないし、この部分に関しては譲るつもりもない。この一線だけは越えてはいけない。

 …それにしても、この速度で走り回っても一向に景色に変化がないように見えるのは何でなんだ。真っ直ぐ一直線に走り続けているはずなのにまるでさっきから同じところをぐるぐる回り続けているような錯覚さえ覚える。進む方角を間違えた可能性はあるが、どの方角に進めば森を抜けられるかなんて分かるはずもなく、ここまで来たからにはもう最後までそれを貫き通すしかない。

 そんな死の刻限が徐々に近づくなか、いつの間にか俺は一面霧の立ち込める場所に足を踏み入れてしまっていた。

 さっきまでは遠くに視線を向けていても霧なんて一切発生していなかったのに、どこかの境目を跨いだ瞬間、急に視界が霧に覆われて今もまるで視界が利かない状態に陥っている。

 たぶん何かしらの魔術なんだろうが、もし俺に対して魔術を掛けた相手がいるのであればもうとっくに襲いかかっていることだろう。それがないということはここら一帯を霧で覆っているということになるわけだが、いったい何の目的があってそんなことをしているのかが分からない。

 と、そんな中、不意に俺のグローブの中から光が漏れだした。

 そのグローブを外してみると光を放っていたのは先程拾った指輪だ。その指輪から発せられる光はまるで行き先を示すように一条の光線を放っていた。

 どういうことだ? この指輪はステータス上昇効果を持った装備のはずだ、なのにどう見てもそれとは関係なさそうなこの機能はいったい何だ?

 …この光を辿った先に何があるのかは分からないが、視界が利かない以上選択肢は光を辿るか、来た道を引き返すかだが、戻ったところで何があるわけでもない。取れる行動の中に確実に生還できる選択肢がない以上は、もう賭けにでるほかないわけで、ならば怪しくても一番何かが起こりそうな場所に行ってみるのも悪くはないように思えてきた。

 行ってみよう。

 指輪から放たれる光に導かれるように歩を進め、数分歩き続けた後指輪の光が消え、それと同時に霧が晴れた。そして、それまでは見えなかったが目の前に木で造られた囲いが姿を現した。

 明らかに人が造った物だ。ということはこの中には人がいるということだ。助かった、か。

 いや、まだ安心するのは早い。この中にいる人たちがこちらに友好的かどうか何て話をしてみるまでは分からないんだから。こんな場所にあるぐらいだ。もしかしたら後ろ暗いことを生業にしている人たちの隠れ家という可能性もある。まぁ、何にしてもとりあえずは顔を合わせてみてそれから決めればいいだろう。

 だが、この囲いを見回して見ても入り口のようなものがここからでは見つけることができない。

 …入り口を探す前に少し、囲いの上から中を覗いてみるか。

 中を見てみればどんな人たちが暮らしているのかが分かるはずだ。それでその後の出方を考えよう。

 まだ起死回生の効果は続いているので軽々と囲いの上端に手を掛けることに成功する。そして、ゆっくりと上体を引き上げ中を覗き込んで見ると。

 そこには全裸で水浴びをしている女の子が三人いた。

 …いや、そんなつもりじゃなかったんだよ?

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