討伐64
できるのであれば一人で入りたくはなかったが、今すぐに全力で追わなければあいつに逃げられてしまう可能性があるので仕方がない。
先程味方を助けるために魔術を行使したところをみると仲間のことを捨て駒のようには考えていないようなので、今ここで俺を追ってきているやつらを死なない程度に追い込んでやればもしかしたら逃げるのをやめて引き返してくるかもしれないが、それで本当に逃げられでもしたら目も当てられない。
自力で見つけるのはほぼ不可能だろうし、そうなった場合この山の周辺にある村へ甚大な被害を及ぼしかねないので、あいつはここで倒しておかなければならない。
正直、すでに相手の姿は見失っているが、今ならばまだ追い掛けるための手立てはある。
なのでそれを実行するため、まずは後ろのやつらを引き離しに掛かる。
『アクティブスキル《力の収束》発動』
一歩、二歩、三歩と連続で《力の収束》を使用して跳躍を重ねることで後続と距離を取り、背後から聞こえていた足音がかなり遠ざかったところで跳躍をやめて走り出す。
そして、足を止めないまま次のスキルを使用する。
『アクティブスキル《感覚強化》発動』
五感のうち強化するのは聴覚。全開で強化してしまうと大変なことになってしまうので出力は抑えつつ、耐えられそうな範囲で強化を行う。
その瞬間、先程まで小さく聞こえていた音が奔流となって背後から押し寄せてきた。
「ぐっ!」
強化率は抑えたが、それでも頭の中にがんがんと不快な音が反響し、脳が揺れそうなほどの衝撃を覚える。
だが、距離を取った甲斐があり、背後からのそれとは別にこちらから遠ざかろうとしている足音を見つけた。
「そっち、か!」
音を感知した直後《感覚強化》を解除して爪先をそちらへ向ける。
そして、再度《力の収束》を発動させて数回の跳躍を重ねた後、その背中を捉えた。
……いた!
それが視界に入った瞬間、腰から引き抜いたナイフを全力で投擲する。が、残念ながらその一投は標的が正面の木を避けようとして横へ移動したために幹へと突き刺さってしまう。
くそっ、ここじゃ投擲は駄目だ。場所が悪すぎる。
障害物が多すぎるこの場所では何投したところで同じことの繰り返しになるだけだろう。
なので、投擲はやめにして直接的な攻撃で敵を仕留めるために距離を詰めに掛かろうとしたその時、進む先から先程までは聞こえなかった妙な音が響いてきた。
なんだ、この音? ……虫の羽音?
その答えに辿り着いたと同時、視界を遮っている大きな木の脇を抜けたところでその正体が露になった。