討伐60
そうして二人とのやり取りを終えたあともワイルドボアの死体を引きずりながら血で地面に線を引いていたが、さすがに辺りを一周できるほどの血液はこの大きな肉体にも収まっていなかったのか、徐々に赤い色が掠れ始めてきた。
「ここまでか」
諦めるような気持ちでそう声を漏らしたが、腹を割けばまだもう少しは血が残っているかもしれないと思い直し、先程と同じように槍の切っ先で行為に及ぼうとしたところで、それは聞こえてきた。
それは音だ。周囲一体に響き渡るような甲高い悲鳴にも似たそれが折り重なり合って俺の鼓膜を引き裂こうとしてくる。
それは音だ。周囲一体を震わせるような重低音の地響きが幾重にも重なり合って俺の鼓膜を破裂させようとしてくる。
そして、その二つの音はまるで混じり合うことはなく、不快感に不快感を重ねて不協和音を形成している。
それがなんの音かなど、考えるまでもなく明白だ。つまり、それは──
「きたか」
周囲へと視線を走らせてみれば、そこには今までどこに隠れていたんだと言わんばかりの巨獣の群れが現れ、それらは木々の隙間を縫い枝葉を踏み抜いて、こちらを押し潰す勢いで包囲の網を一気に狭めてくる。
その中で確認のために素早くクレアたちの方へと視線を飛ばしてみたが、群れが二人を狙うような素振りはなく、全ての個体が俺を標的として迫ってきているようだったのでまずは一安心する。
ならばと、状況を次の段階へと進めるために深く呼吸を繰り返して意識を戦闘のためのそれに切り替えて、スキルと魔術で身体能力を向上させ、敵の数がもっとも多い位置を瞬時に見極めると、掴んでいたワイルドボアの死体を勢いよく振り上げる。
『アクティブスキル《力の収束》発動』
「おっらぁ!」
そして、《力の収束》を使用してそれを高速でぶん投げた。
すると、投げ込んだ肉塊は先頭にいたワイルドボアの突き出た鼻先に衝突し、くぐもった鈍い音を立てて辺りに血しぶきを撒き散らす。
だが、被害はそれだけに止まらず、その後ろに続いていた他の個体をも巻き込んで盛大に血肉が弾け飛ぶ。
「はっ!」
その成果に満足して盛大に息を吐くと、群れに囲まれてしまう前に今しがた肉塊を投げ飛ばした場所に走り出し、空いている手に盾を握って群れの側面に躍り出た。
急な方向転換が苦手なのか、群れは俺の動きに付いてくることができずにそのまま真っ直ぐに走り続けていたので、そこへ盾越しに体当たりをかましてすぐ近くを走っていた他の個体へとぶつけると、二体は体勢を崩して勢いよく地面を転がり、更に複数体を巻き添えにしてその動きを停止させた。