討伐58
「……ふぅっ」
肺に溜まっていた熱を呼気と共に吐き捨てる。
正直な話、この展開は予想していなかったわけじゃない。
徹底して身を隠してこちらを魔術で狙い打っていた相手が標的を仕留め損ねた程度で動揺をあらわにして居場所を露見させるとは思えなかったからだ。
だが、ここにワイルドボアが倒れていることから一つ分かったこともある。
分かったといっても所詮予測ではあるが、たぶん魔術を行使してきた相手の正体はワイルドボアのリーダーだろう。
ナイフの一撃を受けたこの個体はその配下で、リーダーに付き従ってここまで同行してきたのか、最初の魔術で俺たちを仕留め切れなかった場合に備えて連れてきていたのかは知らないが、後者ならこいつ以外にも複数体のワイルドボアが潜んでいる可能性が高い。
その場合に考えられる向こうの出方は、数による乱戦からの魔術での狙撃か。
そうなると、クレアやカイルもそれに巻き込まれることになるだろう。
あの二人ならただのワイルドボアに遅れを取ることはないと思うが、万全の状態じゃないカイルでは複数の敵を相手にしている状態で魔術をかわせるかは分からないし、クレアには俺になにかがあった場合の対処を任せたいのでできれば無駄に体力を消耗させておきたくはないので、敵の注意を俺に集める必要がある。
敵が未だにこちらに手を出してこないのは機を窺っているからだと思うが、ここに来たのが仲間を殺されたことによる復讐か、もしくは自分たちの縄張りを犯されたことによる報復なんだとすれば、俺に憎しみを抱かせたうえでこちらに誘き出す手はあるので、それを実行することにする。
槍を手に取り、目の前にいるワイルドボアの脳天に突き刺して絶命していることを確認すると、ナイフを回収して、その死体を茂みから引きずり出す。
そして、ある程度見晴らしの良い場所までそれを引っ張ってくると、首を掻っ切り血を溢れ出させ、死体の後ろ足を持つとそれで周囲に線を引くようにして再度引きずり出す。
今やっていることは、本来の意味とは少し違うかもしれないが、いわゆるマーキングというやつだ。
ワイルドボアの死体から溢れ出る血を使って線引きをすることでこちらの領土を主張し、尚且つ、相手の仲間の死体を冒涜する最低なマーキングと言えるだろう。
敵がそのリーダー一体だけなら、この程度の挑発に引っ掛かりはしないかもしれないが、連れてきている仲間の数が多ければ多いほどその統率は難しいものになり、確実に怒り狂って暴走した個体がこちらに飛び出してくるはずだ。
一体が飛び出せばそれに釣られてもう一体が飛び出し、その連鎖でほぼ全ての個体を誘き寄せることができるだろう。
そうして出てきた個体を倒していき、被害を与え続けていけばどこかで必ずそのリーダーも姿を見せると思われる。
群れに壊滅的な被害が出ることはリーダーに取って看過できないことだろうからな。