討伐57
「……えぇー。本気で泣いてる。ごめんアスマ君、下ろして」
「あいよ」
ユーリからの要望に応えて抱え上げていた彼女の体をゆっくりと床に下ろすと、ユーリはおぼつかない足取りでリリアの下へと歩み寄り、その正面に立った。
「どっこいしょー。あー、疲れた」
毎日の激務で疲れ果てた年配者のような声を出して、大げさなぐらいどっかりと座り込んだユーリは両手をリリアの頭の上に置いて、髪を大きくかき混ぜるようにして手を動かす。
「……ちょ……なにすんのよぉ」
「せっかく私が戻ってきたのにいつまでも泣いてるからでしょー。もっと嬉しそうにしたらー?」
「……嬉しいわよ……嬉しいから泣いてんでしょ……あんなことになって……絶対無事じゃないって思ってたから……こうやって戻ってきてくれてよかったもん」
「じゃあ、アスマ君にお礼言って。私の傷を治してくれたのアスマ君だから。さん、はい」
「……アスマ君……ありがとー」
「はい、よく言えました」
……なんだこれ。
「それじゃあアスマ君、この駄々っ子は私が相手しておくからあとのことはよろしくねー」
「お、おう。あー、いや、その前にリリアに言っておくことがあるんだけど」
「……なにぃ?」
震える声でそう返してくるリリアに向けて、先程クレアと相談して決めた案を伝える。
「少し落ち着いてからでいいから、《アースウォール》で自分たちを囲むようにして防御壁を作っておいてほしいんだよ。もしかしたらここが敵に狙われる可能性があるからさ」
「……うん……分かったぁ」
「よし。じゃあ俺はもういくからな。任せたぞ」
俺の言葉に二人が頷くのを確認し、それじゃあいくか、と後ろを振り返った時、仰向けで倒れたままのオリオンの姿が少し不憫にみえたので、近くに落ちていた俺のマントらしき物を拾い上げると、体の上からそれを掛けておく。
ちょっと血で濡れてたけど、まぁ、問題はないだろう。
そう自己満足すると、今度こそ馬車の外へと出て、即座に空中へと身を踊らせた。
そして、地面に降り立った直後、衝撃を殺すために数度体を転がし、素早く起き上がると目標地点へと走って向かう。
その際にクレアへと視線を飛ばすと、特に異常はなかったのかこちらに頷いてみせたので同様に頷いて返し、先を急ぐとすぐにその場へと辿り着くことはできたのだが、そこに倒れていた脳天にナイフが突き刺さった魔物の姿を確認して、高めていた危機意識を更にもう一段階上へと上方修正する。
なぜなら、その倒れていた魔物は明らかに通常のワイルドボアだったからだ。
つまり、こいつは魔術を使っていた魔物ではないということであり、魔術を行使していた魔物はまだ近くにいる可能性がある。