討伐50
気を失っているだけなのか、それとももうすでに手遅れになってしまったのか、ここからではその判別がつかないので、それを確かめるために一歩一歩ユーリの傍に歩み寄り、彼女の体を見下ろせる位置まできたところでそれが目に入った。
「っ!」
それは彼女の胸の下──みぞおちの辺りを中心として存在している穴。
防具を貫き、その下の皮膚を、肉を貫いてぽっかりと空いたその穴からはぐちゃぐちゃに潰れてしまっている内臓らしきものと、砕けた骨のようなものが覗いている。
人の臓物を目にしたのはこれが初めてというわけではない。だが、それはあくまでも画面越しに見たことがあるというだけで、実際にそれを目の前にするのは初めての経験だ。
魔物の臓物ならばそれなりの数を見てきたし、食事として出される動物の内臓が平気であるように、見慣れてしまえば気持ち悪さは覚えても特に動揺することなく受け流すことができるのだが、それが人の、ましてや知り合いのものとなると話は別だ。
ついさっきまで会話をしていた相手が、こんな姿になってしまっていたら動揺しないわけがない。
視覚と嗅覚が執拗に刺激され、先程よりも一層吐き気と頭痛が強くなり血の気が引く思いをするが、それでも、なんとかすると言った以上は最後の最後まで絶対に諦めたりなんてしない。認めたくない結果を受け入れたりなんてしない。
その決意を胸にして、ユーリの傍にひざまづくとグローブを外した手を彼女の口元に近づけ呼吸の確認をする。
……息は、していない。
「くそっ!」
悪態をついて、悔しさを和らげるために自分の太ももを殴りつけ、じわりと広がる痛みで気を紛らわせ、次の行動に移る。
胸元の防具の下へ手を差し入れ心臓の脈動を確かめるが、そちらも動きは感じられない。
「……」
急速に焦りが募る。
動悸が激しくなり、息は乱れ、唇は乾き、冷や汗が頬を伝い、指先が妙に痺れている。
どうする、どうする、どうする。
心臓が動いてなくても、まだ死んだと決まったわけじゃない。でも、ユーリはこの状態になってからどれだけ時間が経っている? 呼吸停止、心停止から脳死までの時間って何分だっけ?
……駄目だ、思い出せない。いや、でもレベルで肉体強度が上がっているんなら俺の常識が当てはまるかは分からないからそんな考えは無意味か?
なら回復薬を掛けてみる? でも、死んでいたらただ無駄になるだけだ。
……違う、無駄とかそういうことじゃないだろ。本当に助けたいと思っているならなんでも試してみればいいんじゃないのか? いや、感情的になるな。物資は限られているんだ、ここでいたずらに消費することは本当に正しいことなのか? 分からない。でも、なにか行動を起こさないとこのままじゃもう……。
「馬鹿が。落ち着け。焦るな。考えろ」
回復薬を無駄に使わないためには、せめて脈動ぐらいは確認できないと駄目だ。
でも、さっき確かめた時は心臓は動いていなかった。
……本当に? 本当に動いてなかったか? ぴくりとも動いてなかったか?
そうだ、少しだけでいいんだ。どれだけ小さくてもいい。一つの脈動でもいい。それさえ確認できれば、回復薬を使う価値はある。
もう一回だ。もう一回、確かめるんだ。