討伐48
「うっ」
馬車の中に入って真っ先に感じたのは、鼻をつく程に酷い刺激臭。
先程は一瞬のうちに外へ叩き出されてしまったので気づかなかったが、馬車内部に飛び散った多量の血液が気化したことにより、独特な鉄錆のような臭いを発しているんだろう。
あまりの濃い臭いに頭が痛くなってくるが、だからといって外へ引き返すわけにもいかないので、覚悟を決めて視線を巡らせてみる。
まず正面を見てみれば、視界のほとんどを埋め尽くすように土槍が存在感を発していて、その表面と床や壁にはおびただしい量の血液が付着している。
そして、天井に視線を向けてみると土槍が天板を突き破り、そこからは今も血が滴り落ちてきている。
天板と土槍の接地面をよく見ればそこには肉片のようなものがこびりつき、なにが起きたのかは一目瞭然だった。
血の臭いも相まってかなり気分が悪くなってくるが、誰が無事で誰が犠牲になってしまったのかを確かめるまではクレアたちの下には戻れないので、とりあえず土槍の向こう側へと声を掛けてみる。
「おい、皆無事か! リリア、オリオン、ユーリ!」
「……アスマ、君?」
「その声は、リリアか? あぁ、俺だ! 大丈夫か、怪我とかしてないか?」
「私は、大丈夫……。オリオンも、たぶん、大丈夫。でも、ユーリが……」
リリアは泣いているのか、時折鼻をすするような音を立て、震えた声でたどたどしくそう話す。
「ユーリが、どうした?」
なにかが起きたことは明らかで最悪の想像を思い浮かべそうになるが、きっちりと話を聞き終わるまではまだそうと決まったわけではないので、できるだけ落ち着いた声で問い掛ける。
「さっき、アスマ君たちが馬車から降りていった後、カイルが自分も様子を見てくるって言って馬車を降りようとして、でも、その時にユーリが魔力を感じ取って、その周りにいた人たちにそこを離れるように言ったんだけど、よく分かってなかったみたいで、だから、ユーリが急いでこっちに引っ張ったんだけど、間に合わなくて、その人たちそれに押し潰されちゃって、ユーリも、その巻き添えになって……」
リリアも混乱しているのか、一つ一つ区切るようなその話し方のせいで少し理解するのが遅れてしまったが、つまりはユーリもこの土槍の直撃を受けてしまった、ということか?
「……」
正直、最初から覚悟はしていたことだ。でも、カイルが無事だったことやリリアが無事だったことで、もしかしたらという希望を抱いていた。抱いてしまったのだが、現実はそう甘くはなく、容赦のない事実を叩きつけようとしてくる。
俺はそのことに自分でも驚くほどに衝撃を受けているようで、ふらつく頭を押さえ、その場に崩れ落ちないようになんとか堪える。
だが、それと同時に「まだだ」という俺の中にある諦めの悪い部分が目を覚まして、活を入れてくる。
……そうだ、まだ諦めるには早い。まだ俺はそれを確認したわけじゃない。なら、助けられる可能性はまだ残されてる。死んでさえいなければ、生きてさえいれば、まだ、どうにかできる希望はある。だから、まだだ、まだ諦めるな!