討伐47
普段とは違い、少し弱々しくそうお願いしてくるカイルに手を貸して立ち上がらせてやると、「あんがと」と礼を言ってふらふらとして頭を押さえながらもなんとか自分の足で立ってみせた。
だが、改めて間近でその姿を見て、思わず「うわっ」と驚きの声を漏らしてしまう。
なぜなら、目の前に立つカイルの上半身が血で染め上がっていたからだ。
特に酷いのが胸の辺りで、防具の表面に大量に付着した血液が光を受けてぬらぬらとした輝きを放っている。
「おまっ、それはまずいだろ! えっと、あーそうだ!」
ある程度の予想はしていたとはいえ、これだけの血を目の当たりにしたことで気が動転しそうになるが、すんでのところで堪えて腰から下げているポーチへと手を伸ばし、いくつかある薬瓶のうち赤い液体の入ったものを取り出すと、カイルに差し出す。
「ほら、回復薬だ!使え」
「え? いや、いいよ別に。大したことないし」
「馬鹿か、やせ我慢すんな! そんだけ血を流しておいて大したことないわけないだろ! 遠慮するな、いいからさっさと飲め」
「……や、兄ちゃんさ、なんか勘違いしてるみたいだけど、これ俺の血じゃないからな?」
「……え?」
と、そう言われてみて、よくカイルの全身に視線を巡らせてみれば、確かにその体──正確には身につけている防具──には、それらしい傷や貫通痕の類いは見受けられ、カイルの顔色も血色不良を起こしているようには見えない。
「ってことは、お前、無傷?」
「まぁな。思いっきり頭をぶつけたせいで、さっきまで気を失ってたからかなりふらふらはするけど、怪我らしい怪我はしてないよ」
それを聞いて安堵を覚えると共に、先程から頭を押さえているのはそのせいかと納得する。
「で、起きた時に周りから呻き声が聞こえて、かなりきつい血の臭いもしたから、この状態で敵の襲撃を受けたらたまったもんじゃないと思って入り口で構えてたら、急に誰かが上ってきて、敵かと思って斬り掛かったら……」
「俺だったってわけか」
「うん。ごめん」
「いや、そういうわけなら別にいいよ。許す」
こっちが怪我をしたわけでもないし、それぐらいならなんてことはない。むしろ、起きてすぐにある程度の状況を理解してそうやって行動できたことに対して、素直にすごいと思う。
俺なら少しの間なにがあったか分からずに、ぼーっとしてそうな気がするし。
「まぁ、それはそれとして。じゃあ、その血は他の人が流した血ってことになるわけか。誰のかは、分からないんだよな」
「うん。見てる暇はなかったからな」
「ん。よし、じゃあもう一回上行ってくるか」
「あ、待った。俺も行く」
そう言ってカイルもふらつく体に鞭を打ってこちらに付いてこようとするが、動くだけでも精一杯の様子なのにあそこまで上るのは無理だ。
「いや、お前はクレアの近くでしばらく休んでろ。ここは安全地帯ってわけじゃないんだ、休んで体調を整えておくのも大事なことだ。いいな」
「……ち。くそっ、分かったよ」
カイルは悔しそうにそう言って一応了承するが、仲間のことが心配なんだろう、その横顔からは苦々しいものがありありと感じ取れる。
俺がもっと強ければその心意気を買って一緒に連れていってもよかったんだが、あいにくと今の俺は自分自身を守るだけで精一杯だ。
いざという時のためにある程度の余裕は確保しておかないといけないので、自分からはあまり危険を背負い込みたくはない。
なので、カイルから視線を外すと一人で先程と同じように飛び上がり、馬車の中へと足を踏み入れる。