討伐45
『よし、それじゃあ行くぞ……っと、その前に乱れた息整えとけよ。一応さっき敵っぽいやつに一撃は入れといたけど、止めを刺せたか確認はしてないし、さっきみたいな油断はもうなしだ』
『うん』
そう言うと、クレアは表情を引き締めて深呼吸を始めた。
素直に俺の言葉を信じてくれたクレアを見て、俺は、改めて自分の醜悪さに嫌悪感を覚える。
なにが、あの程度血を流したぐらい平気、だ。あれで平気なわけがないだろうが。
確かに、以前の戦いでは失血死していてもおかしくないぐらいには俺も血を流していたが、俺とあいつらでは前提条件が違う。
俺の場合は《限界突破》のおかげで痛覚が無効化していたからこそ、その痛みを感じることもなく平然と戦闘を続けていたが、痛覚が通常通りに機能していたならあんな真似はできなかっただろうし、痛みと出血によるショックでとっくに死んでいてもおかしくはなかったと思う。
あの血があいつらの流したものだとはまだ決まっていないし、先程クレアに言った通りあの四人がそうそうやられるとは思ってもいないが、それは所詮希望的観測であり、クレアが自分を取り戻せるようにと、クレアを騙す形で並べた綺麗事だ。
生きてさえいれば治せる可能性はあるが、状況次第ではクレアを気絶させてでも連れて帰る必要があるだろう。
とりあえず馬車の中を調べはするが、クレアには絶対に内部を見せないようにしないといけない。
俺も大概だが、年齢的なものもあってクレアは俺以上に精神が不安定になりやすい。だから、この先にそんな光景が待ち受けているんだとすれば、それは俺だけが見ればそれでいい。
それを乗り越えることで精神的に成長できる可能性もあるが、そんな歪んだ成長なんて糞食らえだ。歪んでいるのは俺の心だけで十分だ。クレアまでがこんなに歪な生き方をする必要はないからな。
『アスマ君? 大丈夫?』
俺があれこれと考えているうちに呼吸を整えることができたのか、クレアが心配そうな表情でこちらの目を覗き込んでくる。
表情を変えたつもりはなかったが、態度にでも出てしまってたか。
いや、以前にも声を聞いただけで俺の内心を言い当てたことがあったが、クレアはそういう機微を読み取るのが上手いのか。
なら、ここはただ否定するよりも、それらしいことを言ってかわすのが正解か。
『あぁ、大丈夫だ。ただ、ちょっと帰る時のことを考えてただけだから』
『帰る時のこと?』
『うん。いやさ、馬車が壊されちゃっただろ? だから、ここから歩いて帰るとしたらかなり距離があるよなーってさ』
『えっと、村に引き返して次にくる馬車に乗せてもらえばいいんじゃない?』
『……あー、なるほど。言われてみればそうか。その考えはなかったよ』
頭の後ろを掻くような仕草をして笑って答えると、少し不思議そうな顔をしながらもある程度納得してくれたようで、それ以上クレアからなにかを聞いてくる様子はなかった。
なので、その場で立ち上がって《思念会話》を解除すると、木の影から顔を出して先程ナイフを投げ込んだ茂みへ視線を向け、動きがないことを確認し、その他の場所も確認した後、もう一度クレアの方へと向き直る。
「敵らしい影は見えなかったから、今なら大丈夫そうだ。いけるか、クレア」
『……うん……いこう』
「よし。じゃあ俺から離れないようにしっかり付いてこいよ」
『……うん!』
クレアの返事に頷いてみせ、「いくぞ」と言って一直線に馬車の下へと走り出す。