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討伐44

 「そこかぁっ!!」


 先程の攻撃で俺に手傷を負わせれなかったことが動揺に繋がったのか、ようやくその馬脚を現した敵らしき存在に、確かめることもせず腰から引き抜いたナイフを《力の収束》を用いて投擲する。

 クレアを片腕に抱き抱えているので腕の振りだけで投げたその一投だが、狙いを違えることもなくその茂みの奥へと吸い込まれていき、直後に動物の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 「よしっ」と、思わずガッツポーズを決めてしまったが浮かれるにはまだ早いので、握り拳を解いて両手でクレアを抱え直してその場から離れる。

 手応えはあったが今の一撃で倒しきれたかどうかは不明なので、とりあえず距離を取り、まずはクレアを正気に戻すことを優先する。

 これ以上時間を掛けてしまえば取り返しのつかないことになりかねないので、急いでどうにかしないといけない。

 そうして、ある程度の移動を済ませ、敵の位置からこちらが見えないよう木の影に隠れると、クレアと正面に向き合いその頬を軽く何度か叩き、それと同時に《思念会話》を発動させて周囲に声が響かないよう頭の中に直接声を届かせる。


 『クレア。クレア。こっちを見ろ、クレア!』


 以前のように、外部から刺激を与えて声を掛け続けていると、なんとかこちらを認識させることに成功したので、揺れている心を安心させるように背中を優しく叩いて微笑み掛ける。

 すると、クレアは顔を歪ませて瞳から大粒の涙をこぼし、こちらの背中に手を回して力強く抱きついてきた。


 『……アスマ君。アスマ君。アスマ君!』


 震えながら必死にこちらへそう呼び掛けてくるクレアに、『うん』、『大丈夫だ』、『俺はここにいるから』とできるだけ優しく返事をする。


 『アスマ君。馬車にっ、みんな、皆がぁ』


 カイルたちがあんな目に遭ったことがよほどショックだったんだろう。嗚咽まじりに訴え掛けてくるクレアの声からは激しい動揺が伝わってくる。

 当たり前だ。直接見てはいないにしろ、仲間が致命傷を負った可能性がある以上普通は落ち着いてなんていられるはずがない。

 俺も少しの間は身動きができなかったしな。

 ただ、俺の場合は何よりもクレアを上位に考えているし、最悪の場合は他人を見捨てることも以前から考えてはいたので、すぐに動揺から立ち直れたというだけの話だ。

 もしこの場にクレアがいなかったのなら、俺ももっと激しく動揺していたのは間違いないだろう。

 カイルたちの安否は分からない。が、クレアを落ち着かせるためにはどう答えるのが一番良いのかを頭の中で必死に考えて、口を開く。


 『……あぁ、そうだな。早く皆を治しにいってやらないとな』

 『……え?』

 『ん? 俺なにか変なこと言ったか?』


 できるだけ軽い口調でとぼけるようにそう言ってみせると、驚いたような表情をしたクレアが少し体を離してこちらの目をまっすぐに覗いてくる。


 『治しに、いく?』

 『おう、治しに。あ、まさかクレア、あの程度の魔術で誰かが死んだとか思ってないか?』

 『……っ……でも、だって、血が、あんなに』

 『あー、確かに血は結構流れてたな。でもな、覚えてるか、この前ブラッドウルフと戦った時のこと。あの時、俺も全身ズタズタでかなり血を流してたけどこうやって生きてるだろ?』


 歯を見せるようにして力強く笑い、防具越しに頭を軽く叩く。


 『人間って案外丈夫なんだよ。だから、あの程度血を流したぐらいじゃ全然平気……とは言わないけど、大丈夫だ。経験者の俺が言ってるんだから間違いない』

 『皆、無事、なの?』

 『あぁ。だってあそこには優秀な魔術師が二人もいて、優秀な剣と盾までいるんだぞ。無事じゃないわけがないだろ。まぁ、怪我ぐらいはしてるかもしれないけど、だからこそ治しにいってやらないとなって言ってるんだよ』


 俺のその言葉に先程まで暗い表情をしていたクレアは、目の奥に光を取り戻して泣き笑いのような表情を浮かべている。


 『幸いこっちにはシャーロット先生から貰った二本の回復薬と自前のが一本、それにクレアの分を合わせればちょうど四本ある。もし、全員が怪我をしてたとしても大丈夫だ。な』

 『うん。うんっ!』


 大きく頷いて、元気な返事をするクレアにこちらも頷き返して、『ただな』と続ける。


 『あの四人以外が怪我をしていた場合、その人たちを治すための回復薬はないんだよ』

 『……あ』


 クレアは目に見えて表情を曇らせるが、俺は止めることなく話を続ける。


 『カイルたちが回復薬を持っているんならそれで他の人たちも助けられるけど、もし持っていなかったら、その人たちのことは諦めてくれ。俺たちは別に正義の味方ってわけじゃないし、聖人ってわけでもない。だから、助けられるのなら助けるけど、助けられないのなら助けない。これだけは覚えておいてくれ』

 『……うん。分かった』


 少し落ち込んでいるように見えるが、それは仕方のないことだ。全部が全部を助けられるような力を俺たちは持っていない。

 助けられるものには限界があるから、そこは取捨選択しなければいけない。それは、この先も何度も葛藤しなければいけないことだ。

 それが、たとえ一緒にパーティーを組んでいたものであっても。切り捨てなければいけない時はくるだろう。その時は、諦めるしかないんだ。

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