討伐43
《思考加速》を解除すると加速していた体感速度が元に戻り、短時間の間に高速で回転させていた頭が熱を帯び、顔をしかめそうになる程度の頭痛が発生するが、頭を振ることでそれを振り払い周囲に目配せをする。
どこだ、この魔術を行使した術師はどこにいる?
《感覚強化》を発動させ、視力を強化することによって相手の些細な身動きすらも感じ取れるようにし、常に目を動かし続ける。
相手が魔物なのか人なのかも分かっていない状況ではあるが、こんななにもない場所にいるのであればほぼそいつがこんなことを仕出かした犯人で間違いないだろう。
もしかすると、先程脳裏に浮上してきた記憶にあるワイルドボアの古い個体というやつなのかもしれないが、それ以外の線も十分にあり得るので、あくまでもそれに固執しすぎないようにしておく。
ただ、もしそうならば俺たちは完全に勘違いしていたということになるわけだ。
群れの中に一体だけいた他とは異なる体格と傷を持った個体。あれがリーダーなんだという先入観にとらわれて、それとその仲間を倒したのだからもう脅威は去ったんだと思い込んでしまっていた。もしくは、俺たちがそう思い込むところまで予測されていた、のか?
……いや、今それを考えたところで意味がない。それに、固執しないようにと考えておきながらいきなりそれにとらわれていたら世話がない。忘れろ。
前後左右に視線を巡らせるが、それらしい影を発見することは未だにできていないが、目に届く範囲には、そいつはいるはずだ。
シャーロットが言っていたが、《アースグレイブ》などの任意で発動地点を選択できる魔術は、発動させる距離が自身から離れれば離れるほどに魔力の消費量が大きくなり、その操作も加速度的に複雑なものになっていくので、あまりに距離が離れていればまず正確に相手を狙い打つことなんてできないのだ、と。
それでも、「我ならば容易いがな」と言っていたが、彼女はあまりにも規格外の存在なので他のものがそんな離れ業を行える可能性はまずないと思ってもいいだろう。
だから、いるはずだ。この近くに。
「ちっ!」
だが、こちらがその存在を見つける前に相手が再び魔術を放とうとしているのか、《危険察知》が発動し、脳内に警鐘が響き渡った。
舌打ちを一つついて、《力の収束》を発動させクレアを抱いたまま一気にその場から飛び退くと、直前までいた場所に土槍が出現する。
《アースグレイブ》は直撃すればその鋭く尖った先端により致命的な一撃を受けることになるが、注意さえしていれば回避するのはさして難しくはない。
《危険察知》のスキルなんてものを持っていなくても、魔力の高まりを感じ取って即座に回避行動に移れるのならばよけることはできるだろう。
狭い室内にさえいなければ、あいつらも……。
と、思考が切り捨てたはずのものを拾い上げようとしていたので、そこで考えるのを中断して、意識を周囲へ向けようとした時、再度脳内に警鐘が鳴り響く。
早すぎる魔術の再使用に驚きながらも、とりあえずその場から短く跳躍して──そこで気づく。
《危険察知》には自分に危機が訪れた時にそれを報せる効果の他に、ある程度なら攻撃が向かってくる方向が分かるという効果もあるのだが、それが報せてくる攻撃がやってくる方向は下ではなく、正面だった。
それを感じ取った瞬間、迷わずに《思考加速》を発動させそれに備えていると、目の前の土槍が内側から砕けるようにして全方位にその破片が飛び散る。
そのうちのいくつかがこちらにも飛んでくる。破片は先端が鋭く尖っていて、それはまるで小さな土槍のようだが、小さいからといっても直撃を受ければひとたまりもないだろう。
両手は塞がっているので背中の盾を取ることはできない。いや、塞がっていなくても取っている時間はないだろうから、避ける以外の選択肢はない。
こちらに高速で向かってきている破片は三つ。そのうちの二つは避けれないこともないが、ここからじゃどこに避けたところで一つは当たってしまうが、考えている間にもそれはこちらに迫ってきているので、とにかく動く。
そうして、完全に破片の一つが直撃する位置に移動してしまい、このままじゃ腕に抱えているクレアか、自分の胸元にそれが当たってしまいそれ相応の傷を負ってしまう可能性がある。
ここでそんな傷を受けてしまうわけにも受けさせてしまうわけにもいかない。だから、俺は覚悟を決めて体を半回転させ、破片に対して背中を向ける。
先程まで見ていた破片の速度からして、こちらに到達するまでの時間を推測し、頭の中で数字を数える。
……一、二、三っ!!
「っ!!」
数え始めて三つ目の数字で、再び体を高速で回転させる。
すると、体を回転させている途中で背中に背負っている盾越しに破片を受けた感覚がこちらにも伝わってきたが、構わずにそのまま体を振り切ると、すぐにその圧力は消え失せ、そのすぐ後に背後から甲高い音が聞こえてきた。
たぶん、流れていった破片が後ろにある木に当たった音だろうと推測し、ひとまず《思考加速》を解除する。
そして、安堵の息を漏らす。
背中に背負っている盾を利用して背後から迫ってくる破片をどうにか受け流すことには成功したわけだけど、さすがに今のは賭けがすぎた。
無傷でなんとかするにはこうするしかなかったとはいえ、危ない橋を渡りすぎだ。
まぁ、そこに追い込まれたのも全部俺の判断ミスが原因だけど。今のは本気で危なかった。
そうして、もう一度安堵の息をついて、再度周囲へ視線を飛ばそうとした時、少し離れた場所にある茂みが揺れているのが目に映った。