討伐41
「……え?」
……なんだ、これは? 一体なにが起こった?
すぐ傍で破砕音が鳴り響き、土槍によって宙に持ち上げられた客室から木片と布の切れ端が落ちてくる。
そして、その衝撃で御者台から投げ出されたおじさんは、悲鳴を上げながら地面に空いた大穴へと落下していき、馬車と繋がれている馬は宙吊り状態になり身動きが取れないようになっている。
……分からない。目の前で起きていることに理解が追いつかない。
いや、なぜこうなったのか、その理由はたぶん分かっている。分かっているはずなのに、思考が上手くまとまらず馬車を見上げたまま俺の体は固まってしまっている。
だって、あの中には、まだ、皆が乗っていて、待っててくれって、俺が言って、だから……。
『……リリア……ちゃん?……ユーリ……ちゃん?』
俺が思考の沼にはまり身動きが取れなくなっていると、隣にいたクレアが呟くように二人の名前を呼び、馬車の真下へと歩み寄っていく。
『……カイル……君?……オリオン……君?』
仮とはいえパーティーを組み、この任務を通してそれなりに親しくなった皆の名前を呼び、土槍に手を触れてクレアは頭上を見上げている。
と、その時。
土槍と馬車の接地面から、土槍を伝って水滴のようなものが落ちてくるのが目に映った。
その水滴は赤く、多少の粘性があるのか、伝っている部分にその跡を残したまま徐々に下降を続け、そして、それは土槍へ手を突いていたクレアの指先に触れる。
『……あ』
背後から見ていても分かるほどにクレアの肩は大きく震えていて、内心の動揺がここまで伝わってくるようだった。
そうしているうちにも、土槍を伝う赤い水滴──血液の量は目に見えて増していき、馬車の下部から染み出してきたその一部が、土槍を伝わずに落下し、真下にいたクレアの頬に当たって弾け、顔と装備を赤く汚していく。
クレアはそれを手の甲で拭い、目の前で両手を広げ、それがなにを意味するのかを悟ったのだろう。頭を抱えるようにしてその場に膝を突き、絶叫した。
『……あ……あっ……ああああぁぁぁぁっ!!』
そして、その心からの叫びを受けて、ようやく俺は正気を取り戻すことができた。
「……クレア。っ!クレアッ!」
全身を震わせて泣きじゃくるクレアへと走り寄り、安心感を与えるために、きつくその体を抱き締める。
だが、その震えはまるで治まることを知らず、動揺が限界を超え思念を送ることすらできなくなったのか、先程から一切の声が聞こえなくなった。
「クレア!大丈夫、大丈夫だから落ち着け!ちゃんと呼吸をしろ!」
あまりにも受けたショックが大きかったのか、呼吸の間隔が異常に速くなり、以前のように過呼吸を起こし掛けている。
まずい。このままじゃ前の二の舞、いや、状況は前よりも遥かにやばい。
前はミリオが居てくれたから周りのことに意識を向けなくてもよかったが、今は自分以外に戦える者がいない状態で、クレアがこんなことになって、カイルたちの安否も分からず、更に、どこかからこちらを狙っている存在がいるというあり得ない状況だ。
どうすればいい? どうすればいいんだ、こんなもん!