討伐40
そうして、改めてクレアの規格外っぶりを痛感していると、突然御者台の方から「うおっ!?」っという驚きに満ちた声が聞こえてきて、その直後に馬車を急停止でもさせたのか、その時に発生した慣性力によって進行方向へと体が引っ張られ隣で眠っていたカイルの方に倒れ込んでしまう。
「うおおっ!?」
「うわっ!?」
「ぐえっ!」
その時に運悪く肘がカイルの脇腹に突き刺さってしまい、更にそこへ反対側から倒れ込んできたオリオンの体重も加算された結果、カイルの口からなんとも言い難い声が漏れ聞こえてきた。
「……いってぇ~。んだよ、もうっ!」
「あっと、悪いカイル。皆、大丈夫か?」
気持ちよく眠っていたところに肘を入れられ、酷い起こされ方をされたカイルが寝ぼけまなこを擦りながらこちらを睨みつけてきたので、顔の前で手を立てて謝罪し、向かい側に座っている女の子たちに安否確認の声を掛ける。
『……あ……うん……びっくりしたけど……大丈夫』
「え、え? なに? え?」
「リリア落ち着いてー。馬車が急に止まったせいで少し揺れただけだから大丈夫だよー」
見た目に怪我はなく、声にも無理をしているところはなさそうなのでとりあえずクレアは大丈夫そうだ。
眠っていたせいで状況を上手く飲み込めていなかったリリアだけは少し慌てて周囲に視線を走らせていたが、ユーリがリリアの頬を両手で挟み込んで固定し、目を合わせて落ち着かせるようにそう言うと、リリアも状況が把握できたのか「なんだ~、びっくりした~」と言って落ち着きを取り戻したようだ。
「なんかあったのかな? ちょっと様子みてくるから待っててくれ」
『……あ……アスマ君……私もいく』
「おお。じゃあいくか」
『……うん』
クレアを連れて馬車の後ろから降り、車体を回り込んで先頭へと向かい御者に声を掛けようとしたところで、進む道の先に大きな穴が空いているのに気づいた。
「うわ、なんだこの穴。一昨日ここを通った時はこんなのなかったよな?」
クレアの方へ振り向いて確認のためにそう聞いてみると、『うん』という肯定の返事と共に頷いてみせてくれる。
まぁ、聞くまでもないことではあったが、認識の擦り合わせというのは大事なことなので一応の確認だ。
とりあえず、馬車が止まった原因は進行上にこの大穴があったからということで間違いはないのだろうが、なんのためにこんな場所にこんな穴を掘ったんだろう?
穴の中を覗き込んでみても中にはなにも入っている様子はなく、ただただ、大きくて深い穴が空いているというだけだ。なんなんだろ、これ。
「あー、お客さん。急に止まってしまって申し訳ないね」
俺とクレアが穴を覗き込んでいると、こちらに気づいたのか、御者のおじさんがこちらに向けて急停止したことに対する謝罪をしてくる。
「いや、別に誰も怪我とかはしなかったんで大丈夫っすよ。それよりもなんなんすかねこの穴」
「いやー、よく分からんね。急にそんな穴が空いたから、おじさんもびっくりして思わず馬を止めちゃったよ。痛かっただろ? 悪かったな」
おじさんが馬を労るようにそう声を掛けると、馬にもなんとなくその気持ちが伝わったのか、優しげないななきを返していた。
だが、そんなことはどうでもいい。今この人はなんて言った?
「急に? この穴、急に空いたんすか?」
「ん? あぁ、そうだよ。だからあんな急に止まっちゃったんだ。ありゃ魔術かなんかかね?」
魔術? こんなところで? 誰が? 客がやるわけはない。そもそも客の誰かがそんなことをしようとしたら、さすがに気づくと思うし。
じゃあ、誰だ? 誰がこんな……。
と、そこまで考えたところで、この任務を受ける前にグランツさんから聞いていた話を思い出す。
ワイルドボアのリーダーには魔術を使う古い個体がいるという話を。
「……まさか」
その考えが頭をよぎった瞬間嫌な予感が背筋を駆け抜け、馬車の客室へと視線を向ける。その直後──地面から勢いよく突き出した土槍によって馬車が貫かれた。