指輪
「じゃあ、行ってくるな」
早朝。俺は装備を身に付け家を出る前に、玄関先まで見送りに出てきてくれた二人に片手を上げて挨拶をかわす。
「うん、気を付けてね。オークもそうだけど、それ以外の魔物にも十分注意して警戒を怠らないようにね」
「あぁ。十分以上に索敵には気を配って慎重に行動するように気をつけるよ」
と、横からクレアにインナーシャツをくいっと、引っ張られたので会話ができるように思念会話を繋ぐ。
『…アスマ君』
「何だよクレア。そんな顔して、心配すんなって。遅くても夜には帰ってくるからさ」
うつ向いて泣きそうな顔をしているクレアの頭を安心させるように軽く撫でてやり、目線を合わせて笑いかける。
『…絶対?』
「絶対。約束するよ。だからさ、そんな顔してないで笑ってろって。そっちの方が可愛いぞ」
そう言ってほっぺたをぷにぷに突っついてやると、くすぐったそうに顔を逸らされたが、次に正面を向いた時には微かにだがその顔に笑みを浮かべてくれていたので、もう大丈夫だろう。
『…じゃあ、ご飯用意して待ってるから、ちゃんと帰ってきてね』
「おう、楽しみにしてるよ。んじゃな」
扉を押し開き後ろを振り返ると、二人がこっちを見ていたので気恥ずかしさを振り払うように手を振り、扉を閉める。
二人の姿が見えなくなると名残惜しさのようなものを感じたが、いつまでもここでこうしてるわけにもいかないので出発するとしよう。
「さて、と。行くか」
こちらに来てから半年以上を過ごした家に背を向け歩き始める。
目的地は西の森。どうやら俺がこの世界にやってきたその日に倒れていたあの場所がその入口らしいのだが、ある意味あそこは俺の原点のような場所なので少々感慨深く感じてしまうが、それと同時にあの時のゴブリンの顔が脳裏に浮かんでしまいそんな気持ちも一気に霧散してしまった。
たぶん今後もこうやって過去を振り返る度にあのゴブの顔を思い出すことになるんだろうなと思うと地味に嫌な気分になってくる。あの野郎、死んで尚俺に嫌がらせをするとはなかなかやるじゃねぇか。糞ほどうぜぇけどな。
でもゴブリンの生態を知った今だからこそ分かったことだが、基本的にゴブリンは群れだろうがはぐれだろうが森や洞窟を住み処にしているそうなんだけど、あのゴブリンはあんなところで何をしていたんだろう。…そういえば地面を見回して何かを探してたっぽかったような? まぁ何だっていいか。どうせゴブリンが持ってた物なんてそんな大したものじゃないだろうしな。でも少し気になるし、ちょっとだけ気を配ってみようかな。
それから数時間ほど歩き続け、目視で森が確認できる距離まで近くまでやってきていた。
…正直一人ってかなり暇だな。東の森にミリオとアンネローゼの三人で行っていた時は道中も大して苦ではなかったけど、一人だと本当にやることがないからずっとゴブリンの落とし物を探してたけど見つからないし。…というか、この辺か? うん。何となくこの景色に見覚えがある、ような気がする。って言っても目印になるような物もなく踏み均された道、街道っていうのか? あまり草の生えていない道を歩いてきただけだから本当にここがそうかは全然自信はないけどな。っていうかあの時は必死だったからこんな道があるのにも気づかなかったな。まぁ、トラウマになってもおかしくないほどの体験だったからなしょうがないよ。決して俺が特別臆病者だったわけではないはずだ。チキン野郎とは言わせない。
お? 何だ、今何か光ったよな? …まさかのまさかでゴブリンの落とし物を本当に見つけてしまったのか? いや、まさかこんなだだっ広い平原でそんなそんな。確か、この辺で…あ! これ、か?
太陽の光が反射して光ったように感じていた物をつまみ上げてみると、それは小さな宝石が付いた指輪だった。
お、おぉ!金目の物ゲットだぜ!…いや、まぁさすがにこんな高そうなもんパクったりはしないけどな。いや、本当に。
名前とかは彫ってないみたいだけど誰のなんだろ? これが本当にあの時のゴブリンが落とした物かは分からないけど、仮にそうだったとしてもゴブリンもどっかから盗んできたか、もしくは殺して奪い取ったって可能性があるし、とりあえず持って帰ってギルドにでも届ければ謝礼とか貰えるのかね。
ゲームならこういうのって隠しアイテム扱いで装備したら結構能力が上昇する装備品だったりするんだろうけどな。…ちょっと試してみてもいいかな? 別に減るものじゃないしいいよね。
右手のグローブを外してサイズが合いそうな人差し指にその指輪を差し込んでみる。すると、指に嵌まった瞬間に指輪の宝石部分が微かに光を放ち、俺の体全体を覆ったがすぐにその光は鎮まり、まるで何事もなかったかのように指輪は静かに俺の指に収まっている。
な、んじゃこりゃ! え? 何今の。ていうかあの光って何か魔法道具を発動させた時みたいな感じだったけど、もしかしてこれって魔法道具、なのか? …ますますパクったらまずそうな感じの代物じゃねぇか。
魔法道具なんだとしたらこれってどんな効果の道具なんだろ? 指輪ってことは身につけて使うのが前提っぽいし、何かを補助する道具なのかな?…いや、というかこの感じってまさか…。
背負っている槍を引抜き、片手で振り回してみる。
…やっぱり。片手で振るえる。重量軽減のスキルがあるとはいえさすがにそれだけじゃここまで簡単に片手で槍を振るう筋力は俺にはない。ということは、この指輪の効果って。筋力上昇? いや、疾駆を発動させた時のような体の身軽さも感じるような気がする。…まさか、全能力上昇、か? マジかよ?こんなものがあるなんて。魔法道具というより魔法装備ってやつか。
…どうしよ、これ。絶対高いやつだ。…見なかったことにしてここに捨てて帰った方がいいような気がしてきたんだけど。装備しちゃったのがバレたら確実に持ち主に怒られるよな。
いや、でも探してるよな。俺なら間違いなく必死に血眼になって探すぐらいのレア装備だもんなこれ。…まぁ、使っちゃったものはしょうがない。とりあえずさっき考えた通り持って帰ってギルドに預けよう。匿名で。そうすれば変な因縁もつけられないだろ。謝礼? もういいです。いりません。だから許してください。
でも、この装備本当にいいなあ。あ、そうだ。オークを討伐するまでの間だけ使わせてもらおうかな。これがあればスキルや魔術を温存した状態でオークの捜索ができるし、もし不意に魔物に遭遇しても素の状態で対処できるかもしれない。
そう考えるとかなりラッキーだったのかもしれない。そう、使ってもバレなきゃセーフ。とは言わないけど、後で返すから拾ってあげたお詫びに一回だけサービスってことで使わせてもらうって方向ならなんとか自分なりに納得できそうな気がしてきた。
よし、そうと決まればもう悩まない。後はなるようになるだろうし、今はオーク討伐のことだけを考えて行動しよう。
さぁ、オークよ首を洗って待っているといい。今会いに行くぜ。




