第二条件
「なるほど、そういう訳ですか。それはそれは、ご苦労様でした」
事の顛末を話した結果、ゲインさんから返ってきた言葉がこれだ。なんというか、もっと怒られたりとかするもんだと思ってたんだけど意外にあっさりしてらっしゃる。
「あーいや、どうも? というかすみませんでした。この後まだこいつに最後の教育するつもりだったんすよね? その予定潰しちゃって」
「いえ、それについてはもう既に終わっているので大丈夫ですよ」
「え? 終わってるの?」
「はい。今日は最後ということで私もアスマ君と同じことをしようと思っていたので」
「模擬戦っすか?」
「ええ。これからまた冒険者として活動を始める前にもう一度教えておこうと思っていたんですよ。上には上がいるということと、気を抜けばどうなるかということを体に直接ね。それをアスマ君が先にやってくれていたようなので手間が省けました。ありがとうございます」
「あ、はい」
…この人やっぱり鬼畜やわ。基本的には優しくていい人なんだけど、人を鍛えることに関しては容赦がないというか本当スパルタなんだよな。
「それではカイル君の怪我も大したことはなかったようですし、リリア君とオリオン君はもう帰っていただいても結構です。カイル君は目を覚ましたら一応体に異常がないか調べてから帰すので心配しなくても大丈夫ですよ。それでは明日から冒険者業を再開してくださってもいいですが、どのような任務であっても決して油断はせず、自分たちの実力に余るようなら直ぐ様引き返すのもまた戦略だということを忘れずに。それではまたいずれ」
「「はい、ありがとうございました」」
二人はゲインさんに頭を下げ、挨拶を済ますと一度だけカイルの方を見るが無事なのは確認しているので、踵を返し訓練所から出ていった。
「さて、それではアスマ君。君の今後についての話でもしましょうか」
「今後、ですか?」
「正直カイル君に無傷で勝った君なら今すぐにでも冒険者として活動できるでしょう」
「!?」
「これでもカイル君は駆け出しの中では有望株でして、その彼に勝てるなら実力的には十分以上に条件を満たしているでしょう。ですが、そうですね…二ヶ月。それだけの期間を体術の鍛練に充ててみませんか? カイル君との戦闘の様子を聞いた限り、今の君の筋力と敏捷性ならば無手でも十分戦えるはずです。それに、いつどんな場面で戦闘に巻き込まれるか分からない以上鍛えておいて損ということはないはず。どうでしょう?」
体術か。そうだよな。なんか戦闘っていったら武器を持って戦うってイメージが先行してたけど、ステータスが高くなれば素手でも問題なく戦えるんだよな。もしかしたら武器が使えない状況に陥ることだってあるかもしれないしな。
「そういうことならむしろ俺の方からお願いしたいぐらいっす。よろしくお願いします」
「ふふっ。ええ、よろしくお願いします。それはそうと、カイル君たちの教育が終了したので明日からは私とアスマ君の二人きりになるわけなんですが」
「…げっ」
「誰にも邪魔されずみっちり鍛練に励めますね」
…うっそだろ、おい。そんないい笑顔で言われても怖いだけだっての。大丈夫かよ、俺。
こうして俺の短期集中体術鍛練が始まった…。
二ヶ月後。
俺はギルドマスターの執務室へとやってきていた。
鍛練は滞りなく終わり、冒険者になるための第一の条件であった各ステータスを上昇させるスキルを覚え、最低限の魔術も扱えるようになったので、第一条件達成の報告と第二条件を聞きに来たというわけだ。
「おう。なんだ、すっかり逞しくなったじゃねぇかアスマよ。どうだこの半年ゲインにしごかれて成果はあったかよ」
「…いや、あんた知ってるでしょうが。訓練所に何度か顔見せに来てたし、ゲインさんから報告ももらってるはずだろ?」
「ばっかおめぇ、一応ギルドマスターとして改めて本人から話を聞こうとしてんじゃねぇかよ。で、どうなんだ?」
「言われたとおり、一通りステータスを上昇させるスキルは取得したよ。その過程でとんでもない苦労はあったけど、その甲斐あってこの短期間で急激に成長できたと思ってるからそこは素直に感謝してるよ。ありがとうございました」
「はっ、そうかよ。そりゃ良かった。で、二つ目の条件を聞きに来たってわけかよ」
「あぁ。そういう約束だろ?」
「そうだな。んじゃまぁその条件なんだが、魔物、オークっていう豚面の魔物を一体討伐してこい。勿論一人でな」
「オークか」
「おう。あれを討伐できたら一端の冒険者って言われてる。いわば下級冒険者の壁ってやつだな。実力がないやつじゃまず討伐できない。Lv1のやつを冒険者にするのは前例がないからな。実力のない馬鹿なやつがそれなら俺もって言い出した時のための条件としちゃ最適だと思うぜ」
確かにな。Lv1の俺を冒険者として雇えば少からずそういうやつが出てこないとも限らないし、そういう条件付けは必要なんだろうな。
「それで、オークを討伐した証拠に何か剥ぎ取ってきたりした方がいいのか?」
「そうだな。別に報告だけでも構わんが、じゃああいつらが首から下げてる骨の首飾りでも回収してきてくれ」
「首飾り? そんなの偽造しようと思えば自分で作れるんじゃないか? そんなんで証明になるのか?」
「あぁ? 何だ、そんなことしようってのか?」
「いや、やらないけどさ」
「いいんだよ別に。その程度の魔物も倒せないんじゃどのみちすぐ死んじまうからな。それに、そういうのを調べる魔法道具もあるんだ、そんなことすりゃ一発で冒険者資格剥奪だ」
「そっか。あれ? でもこの前ゴブリン倒した時、何体倒したかって証明で耳を剥ぎ取ってきたんだけど。あれは?」
「あぁ、そりゃゴブリンなんて大量に狩ってくるやつがいるんだ、いちいちそんなもんのために道具なんざ使ってられねぇってんだよ。魔法道具だって永久に使えるわけじゃねぇんだからよ」
「あーそういうことか」
まぁ、道具なんだし使い続ければ磨耗もするわな。
というかゴブリンってそんなに狩られてるのに絶滅とかしないんだな。どんな繁殖力してんだよ。
「ん。じゃあ条件も分かったし。早速明日行ってくるわ」
「おう。まぁ、頑張れや」
「うぃっす。それじゃ失礼しました」
グランツさんに別れを告げ、部屋を出る。
さぁ、いよいよだ。これが終われば俺も晴れて冒険者になれる。ようやくここまでこれた。本当に長かった。
オークがどれぐらいの強さなのかは分からないけど、無理そうなら俺を送り出したりはしないだろうし勝てない相手ではないはずだ。帰ったらミリオに情報を聞いておこう。
…あっ。そういえば目的地を聞くの忘れてた。幸先悪いな。




