カイル
一ヶ月後、訓練所にて。
今日はカイルたち三人組がここを卒業する日だ。
というかちょっと前までは知らなかったんだけど、この三人はもうすでに冒険者登録を済ませているらしい。
それなのに何で毎日ここで鍛練を積んでいたかというと、登録を済ませたその日に受けた任務に失敗して何の成果も得られないままボロボロの状態で帰ってきたからだそうだ。
任務の内容は東の森に発生した大量のゴブリンの調査だったのだが、どうせならレベル上げも兼ねてそのゴブリンを自分たちで討伐しようと意気込んだ結果、ゴブリンの群れに囲まれ危うく命を落とすところだったらしい。
どうやって逃げ出したのかというと三人の内の一人の女の子・リリアが木に火の魔術を放ち、それにびびって逃げ出したゴブリンたちを尻目にほうほうの体で撤退したということだ。幸い火が燃え移ることはなく自然に鎮火したことを後に他の冒険者が確認したそうだが、任務に違反したことと逃げるためとはいえ森に火を放った罰としてギルドマスター命令でゲインさんによる教育を受けていたそうだ。
その教育も今日で終わるということで、最後に三人と本気で模擬戦をすることになった。
まぁ、今までも本気でやってなかったわけじゃないけどそこは気持ちの問題だ。
まずは一人目リリアとの模擬戦は俺が勝った。
この子は魔術師だから攻撃系の魔術を使えないこの場所では実力を発揮できなかったので当然といえば当然なんだが、それでも杖を使っての杖術には目を見張るものがあり簡単に相手を近寄らせない技術もあった。護身術の類なんだろうがこれだけ戦えればたとえ敵に接近を許したとしても自分の身を守ることができるだろう。
次の相手は二人いる男の内の一人オリオンだ。
こいつは俺よりも少し身長が高く筋力があるため油断はできないが、いかんせん攻めるのが苦手で動きもあまり速くはない。
が、守りに関してはこの場にいる誰よりも上手く盾の扱いもこなれている。そして、攻撃を受け流してからのカウンターが得意なので迂闊に打ち込んだら逆に餌食にされるだろう。
たがやはりその敏捷性のなさと素直すぎる性格が災いして搦め手に弱いところがある。俺が疾駆により上昇した速度で緩急をつけながら動き回ることで撹乱し、集中しているところに思念会話で大音量の声を頭の中に響かせてやると驚いて意識が散漫し、大きな隙が生れたのでそこをついて俺が勝った。
卑怯だとは言わせない。使えるものは全て使い勝利をもぎ取るのが冒険者というものなんだからな。
そして最後の相手はカイルだ。
この三人の中では間違いなく一番強い。単純に動きが速いうえに全身のバネをフルに使い踏み込んでの一撃は危険察知を取得する前はまるで対処することができなかったほどだ。
今では何とかスキルの力でそれに対抗できるようにはなったが、それにしてもお互いがジリ貧になっていく状態に持ち込めるようになっただけなので、その状況を打破するための秘策を用意した。出し惜しみはなしでいく。
「《フィジカルブースト》」
補助魔術のフィジカルブーストを発動させる。ようやく最近扱えるようになった魔術の一つだ。
この魔術は一時的に身体能力を増加させる魔術で俺の戦闘スタイルには丁度合致しているのだが、魔力操作がまだ未熟な俺にはその効果を最大限に引き出せてはいないのでそれは今後の課題として残ってはいる。
さて、じゃあスキルと魔術によって強化された俺の力を試すための試金石になってもらうぜカイル。
「いつの間に魔術なんて使えるようになったんだよ兄ちゃん。今まで隠してやがったのかよ、ずりぃ」
「ずるくねぇよ、これも戦略の一つだ。俺はお前を認めてるからこそ全力で相手になってやるんだ、手なんて絶対に抜いたりしねぇからな」
「え? な、何だよこっ恥ずかしいこと言いやがって照れんじゃねぇかよ…」
「おら、隙ありだ!」
「って、うぉっ!?」
「ちっ、避けたか」
作戦失敗だ。照れてそっぽを向いてる間に一撃で決めてやろうとしたんだけどな。…まぁ冗談だけど。
でも、普段の模擬戦の時より遥かに速度は上がってるはずなのに今のを反応してくんのかよ。こいつは本当に底が知れないな。
「あっぶねぇ! やっぱりずりぃじゃねぇかよ兄ちゃん! いくら木剣でも無防備に当たったら死ぬほど痛いんだからな、ちくしょう! いいよ、そっちがその気ならこっちだって本気の本気でいくからな! 覚悟しとけよ!」
「おぉ怖ぇ。けどそれでいいぜ全力のお前に勝ってこそ、それが俺の自信に繋がるからな。俺の成長っぷりを見せつけるための踏み台になってもらうぜ!」
互いに全力で踏み込み全力で木剣を振るう。
乾いた木のぶつかり合う甲高い音が訓練所に響き渡り、反響する。力は拮抗しているのかお互いの木剣で相手を押し返そうとせめぎ合っている。
だが、カイルが両手で木剣を握っているのに対して俺は片手持ちだ。各種能力のブーストと重量軽減の効果で振り遅れることもなく片手で剣を扱うことが可能になったためだ。
そして俺は空いているもう片方の手に、槍を握っている。つまり今の状況は俺が有利だってことだ!
「っし!」
木剣でのせめぎ合いを後ろに下がることで中断し、後ろに身を引きながらも腰と腕の捻りで槍を加速させ鋭い突きを放つ。
それを身を屈めることで避けたカイルだったが、そこを横凪ぎの槍で襲う。木剣を盾にすることでその一撃は防いだが、そこから一歩距離を詰め上段から木剣を叩きつける。
が、カイルはその体勢から蹴りを繰り出し俺が振り下ろした木剣の根元を足で受け止めた。
「これを止めるかよ。すげぇなお前」
「すげぇのはそっちじゃねぇか! 何だよそれ! いつもと全然動きが違うじゃねぇか! ついていくので精一杯だっつーの!」
「当たり前だ。むしろ何でこれだけ強化を重ねてるのについてこれてるんだよ訳分かんねぇわ」
本当何でついてこれてるんだろ? 今までのが全力じゃなかったって感じでもなかったけど、それならたぶん今の俺の動きに反応はできても対処はできないはずだと思ったんだけど。まさかこいつ戦闘中に強くなる主人公補正みたいな力があるんじゃないだろうな…。野菜の星の戦闘民族か?
レベル制の世界でそういうのはないとは思うけど、ギルドマスターも全てを知っているわけじゃないだろうし絶対にないってこともないんだろうけどな。
まぁもしそうなんだとしてもこの勝負は勝ちを取りにいくけどな。そろそろ俺も結果の一つでも出しておかないと示しがつかないからな。これならどうだ。
俺は木剣から手を離した。
「ぅえ?」
いきなり足に掛かっていた重圧が消え、カイルが間抜けな声を出しその足が伸びきった状態で体が僅かに浮かび上がる。
その足を先程まで木剣を握っていた手で掴み上げると、全力で地面に叩きつける。
「っが…!?」
地面に肉と骨がぶつかる鈍い音が響き、叩きつけた時に頭を切ったのか血が出ている。
…あ、やば。ちょっとやり過ぎたかもしれない。自分の強化具合がまだ完全には把握できてないからいまいち加減というものがつけられないせいで本気で叩きつけてしまったがこれはまずいかもしれないな。一応回復魔術も扱えるようにはなったので、カイルに掛けておいた方がいいかもしれない。効果は弱いけど。
「悪い。抑えが利かなくてつい全力でやっちまった。大丈夫かカイ…」
謝りつつ倒れ伏しているカイルに近づいたその時、危険察知が発動したので反射的に槍を構える。
すると、意識を失っていると思っていたカイルが腕の力だけで起き上がり、その反動を利用して木剣を叩きつけてきた。
何とか構えていた槍で防ぐことはできたが。
「っ重!?」
予測していなかったうえにその一撃は今まで模擬戦で受けてきたどの一撃よりも速く、重い一撃だったので思わず片膝をつかされてしまった。
「っああ! いってぇなこの野郎! ぶっ殺してやる!」
あ、やばい。こいつ完全にキレてる。
どうしよ、おあいこってことで一撃ぐらいならもらってやってもいいけど、この状態じゃ絶対それじゃ済ましてくれないよな。ぶっ殺してやるとか言ってるし。…気絶させるにしてもできるかどうか。
「っああっらぁ!!」
槍の上から散々木剣を叩きつけてくるカイル。
このままじゃ槍が折られそうで怖いな。というか、あの二人に手伝ってもらえば…って完全にびびっていらっしゃるご様子。二人とも壁際でうわぁって顔しながらちょっと震えてやがる。
仕方ない。こいつの対処は一人でやるしかないとしても保険は掛けておきたい。
「オリオン、リリア!誰か人を、ゲインさんかギルドマスターかとにかく強そうな人を呼んできてくれ! 大急ぎで!」
それを聞いたオリオンとリリアは何度も頷くと、小走りに扉へと向かい出ていった。
よし、これで万が一でも大丈夫だろ。…大丈夫、だよな。
とにかくこの状態はまずい。とりあえず態勢を立て直さないと。剣の動きをよく見ろ。
…今だ!
頭上で構えていた槍を下ろすと、案の定頭を狙って大振りの一撃を叩き込んできたので、それに合わせるように横から槍を叩きつけ軌道を逸らすと同時、地面についていた膝を無理やり跳ね起こし反対の足でカイルの腹を蹴り飛ばし、距離を開く。
その隙に俺も木剣を回収しておいて、さぁ第二ラウンド開幕だ。できればもう終わりにしたいけどな。
「あぁっ! うざってぇ! またやりやがって! もう本当に許さないからな!」
「だから、悪かったって。謝るから機嫌直してくれよ、なぁ頼むって」
「うるせぇ! 死ね!」
えぇ…。取り付く島もないとはこのことか。もう本気でこっちの言うことには耳を貸さないつもりらしいな。よろしいならば戦争だ。まぁ、ほぼほぼ俺が悪いから申し訳ない気持ちはあるんだけどさすがに殺されるのは嫌だから抵抗はさせてもらうぞ。
「はあぁっ!」
ぶちキレてるからか直線的に真正面から攻めてくるだけなんだけど、その分勢いがいつもより段違いに鋭い。
でもいいだろう。その全力、真っ正面から受け止めてやるよ。
「おらっ!」
全体重を乗せて放ってきた一撃を木剣と槍を交差させて受け止める。そして、絡めとるように二つの武器で木剣を挟んで捻りながらこちらに引き込むと、カイルの体ごとこちらに流れてきたので横腹に蹴りを放つ。
が、カイルはそれに反応し、木剣を握っていた手を放し蹴りの内側に潜り込むと地面についている俺の軸足を払う蹴りを繰りだしてきた。
「っなめんな!」
その蹴りに対して合わせるように片足で跳躍し、蹴りの勢いで体を半回転させ回し蹴りを打ち込む。
回転力の加わった回し蹴りを、避けきれないと踏んだのか腕で防ごうとするカイルだが、勢いそのままにカイルの腕ごと蹴り飛ばし訓練所の壁に叩きつける。
叩きつけたところには木剣がいくつか並べられていたが今の衝撃で辺りに散らばってしまった。
…壊れてないよな? さすがに弁償させられるのは勘弁してほしい。金なんて持ってないんだからな。
「…っぐぅ!」
壁面に叩きつけられて崩れ落ちたカイルだったが、散らばっていた木剣の一つを拾いまた起き上がってくる。
なんてタフなやつだ。というか、頭の傷から更に血が流れているんだけど大丈夫かな。早く治療しないとまずいような気がするんだけど。
「おあぁぁっ!」
先程と同様に猪突猛進に攻め込んでくる。だがやはり限界が近づいているのか、その勢いには直前ほどの鋭さが欠けている。
そろそろ本気で終わらせにいこう。これ以上長引かせたら怪我が後に響くかもしれないしな。だから、俺も攻めにいく。
「おぉぉっ!」
互いが間合いに入った瞬間、カイルが何度目かの上段斬りを叩きつけてきたので、それを正面から迎え撃ち弾き飛ばす。
やっぱりもうほとんど力が入っていなかったからか簡単に木剣を弾き飛ばすことができた。そして、無防備になったカイルに袈裟斬りを放つが、大きく後ろに跳躍することでかわされる。
だが、そう避けることは分かっていた。なので俺は既に準備に入っている。槍を投擲する準備に。
これが俺の用意していたもう一つの秘策。《投擲》スキルによる投槍だ。
毎日の自主訓練の中で取得した投擲スキル。それを生かす方法を考え、たどり着いた答えの一つがこれだ。
いずれ飛行型の魔物と戦う時のために特訓しておいた投槍だが、お前に使ってやるよ。
「う、らっ!」
全力を込めた投槍が投擲スキルの恩恵を受け、狙い通りにカイル目掛けて一直線に飛びその胸元に届きかけた瞬間、カイルは頭を全力で後ろに反らすことで体を垂直に倒す。投槍はカイルの鼻先を掠めそのまま壁に激突し、跳ね飛ぶ。
槍をかわしたカイルは頭から地面に向けて落ちていき、両手で着地すると直ぐ様体勢を立て直した。が、もう遅い。
「がっ…ぁ!?」
その時には俺は既にカイルの目の前まで迫っており、両手で握った木剣をその胴体に全力で叩き込んだ。
体をくの字に曲げ一瞬衝撃で宙に浮かび上がったが重力に引かれ地面へと仰向けに落ち、今度はもう完全に意識を失ったようだ。
「ふぅ。距離を詰めておいてよかったよ。お前ならさっきの投擲をかわすだろうなって思ってたからな」
すごいやつだよお前は。あんなもん普通は避けられないだろ。勝った俺が言うのもなんだけど、これだけ強化した俺にここまで食らいついてくるなんて本当に底が知れないやつだ。
もう二度と本気のこいつとは戦いたくないと思わせるには十分な怖さを味わったよ。…レベルを上げて復讐しに来たりしないよな?
…怖いから起きたらちゃんと謝っておこう。
その後、カイルに回復魔術を掛けている途中にゲインさんを連れた二人が戻ってきて、ボコボコになったカイルを見て白い目で見られたのはちょっぴり傷ついた。
…やり過ぎたのは事実だけどこうしないとやられてたのは俺だからな? そこだけは勘違いしないでよね。…本当勘弁してほしい。




