勝負2
と、ほぼ反射的にそこまでやってしまってから自分が何をしたのかを理解し、倒れているクレアに慌てて手を伸ばそうとした瞬間。
「アスマ」
横合いからミリオに声を掛けられ、その動きを中断させられる。
「勝負の最中に相手を助け起こそうだなんて侮辱もいいところだよ。そんなことをしなくても、その程度じゃクレアはまだ全然諦めたりなんてしてないから」
ミリオの言葉通り、視線の先ではすでに立ち上がったクレアが木短剣を構えてこちらの行動に注意を向けているようだった。
その眼差しはいつもの柔らかなそれとはまるで別物で、完全にこちらを敵とみなしているような鋭いものだった。
だから俺は、それを直視することができずにそれから目を逸らすように顔を俯かせる。
『……アスマ君!……目を逸らさないで!……ちゃんとこっちを見て!』
「っ!」
俺のその態度が気に入らなかったのか、クレアが強い口調でこちらに叱咤の声を飛ばしてくる。
その声に堪らず顔を上げると、あきらかに怒っているのが分かる表情をこちらに向けてきている。
『……私はこんなことじゃ挫けないから!……そんなに弱くないから!……だから……私を……私の覚悟を……ちゃんとその目で見て!』
クレアは力強い自らの意志が込もったその言葉と共に、再度地面を蹴りつけるとこちらへ駆け出してくる。
先程までとは違う、がむしゃらなその走りに気圧されそうになりながらも盾を構えて攻撃に備える。
距離を詰めたクレアが繰り出した攻撃は、同方向からの二連袈裟斬り。
反撃を考慮していないからか、それとも反撃はしないということが頭から抜け落ちているのかは分からないが、先程とは重みが違うそれを受け止めると、次に上下左右から連続した斬撃が何度も何度も放たれる。
それを盾と木剣で難なく捌きながらも、俺の心中はまるで穏やかではない。
クレアがここまで感情をあらわにして向かってきたことなんて今までに一度もなかったのだから当然かもしれないが、動揺が隠しきれず目の前がぐらぐらと揺れているようにすら感じられる。
それでも俺の体はこれまでの経験からか、まるで機械がプログラミングされた動きをこなすかのように半自動的にクレアからの攻撃を防いでいる。
以前にもクレアが俺に怒っていたことはあったが、あれは内側に籠るような怒りであったのに対して今回の怒りは外側に向けられた激情だ。
クレアが怒る原因を作ってしまったのはまたしても俺だ。何故クレアが今これほどまでに怒っているのか、その理由はなんとなくだが分かっている。
先程クレア自身が言っていた通り、俺はクレアのことをどこかで弱い存在として見ている節があるのだろう。
その証拠に、勝負の最中であるにもかかわらず倒れているクレアに無防備に歩み寄り、手を差し出して助け起こそうとまでしてしまった。
これもクレアが言っていたことだが、普段であればそうして手を差し出してくれるのは嬉しいことなんだろう。だが、今この場においてその対応は俺と同じ目線で生きていきたいと思ってくれているクレアには我慢のならないものだったのだろう。
そして、その怒りを正面から受け止めようとしなかったことに対して更に大きな不満を持ったからこそ、これほどまでに強い感情を表に出しているんだ。
これは一人の女の子のクレアとしてではなく、一人の冒険者であるクレアとして、同じ道を歩む者として俺に認めてもらえていないことに対する悔しさからくる感情なんだろう。
自分の持っている、意地と誇りを貫こうとする一人の冒険者としての憤りなんだろう。
だが、俺はそんなクレアの感情を理解しながらも、今も意識の外でどこか対等には見れていないのかもしれない……。