準備3
「水は出発前にその革袋に入れていくとして、お腹を下すかもしれないからあまり生水は飲まないようにね。川の水を飲む場合は一度沸騰させて、喉が渇いた時に近くに川がなかったらアスマの魔術で水を生成するか、最悪誰かに分けてもらうこと。お腹が空いたらその食糧を食べてもいいけど、あくまでそれは非常用の行動食だから馬を休ませている間に現地で獣を狩ったり果実を収穫するのもいいかもね。ただ、その場合は絶対に二人以上で行動するようにしてね。一人でいるのと二人でいるのでは何かあった時にできることの選択肢の幅が全然違うから。あと……」
一度口を開いたミリオによる注意喚起は止まることを知らず、初歩的なことから実際に体験しなければ分からないことまで様々な知識を俺たちに一つ一つ丁寧に教えてくれた。
正直、ここまでくると過保護すぎる気がしないでもないが、今回が初任務の俺たちを心配して言ってくれているのは伝わってきているので、それに対して煩わしいといった感情はまったく浮かび上がってこない。むしろ嬉しいぐらいだ。
「とりあえず今言えるのはこれぐらいかな。二人とも何か質問とかある?」
「その時になってみないと分からないけど、俺はたぶん大丈夫、だと思う」
『……私も……大丈夫だよ』
「そっか。うん、じゃあ小難しい話はこれで終わりにして、後一つ渡しておくものがあるからちょっと待ってて」
そう言い残してミリオは一度自分の部屋へと戻っていき、こちらへ帰ってきた時にはその手に厚手の布を抱えていた。
「はい、アスマ。クレアも」
「えっと、何これ?」
手渡されたそれが何なのかが分からず、とりあえず広げてはみたもののそれでもただの布にしか見えずに本気で何なのかが分からない。……ただの布ならわざわざ別に渡す必要もないと思うんだけど。
「っと、アスマ、それ逆だね」
「逆?」
一瞬言われている意味がよく分からなかったが、 ミリオが立てた手を反転させるような仕草をしているのを見て、広げた布の裏側を見てみると、その正体がようやく分かった。
「あー、これマントか」
中途半端に広げていたせいでマントの襟部分と左右の生地を重ねておくための留め具が見えなかったが、こうしてその形状を見てみるとそれがよく分かった。
「うん、朝と夜は動かないと体が冷えるからね。防寒用に着ておくといいよ」
「おお、それは助かる」
「それと、さっき目的地までは馬車で行くって言ってたよね」
「あぁ、言ったな」
「その、馬車って結構揺れが大きくてずっと座っていたらお尻が痛くなってくるんだよ。だから、乗っている間は少しでも痛みを和らげるためにそれを席に敷いておけば多少はましになるはずだよ」
「あー、そっか。確かに言われてみればそうだよな。魔物と戦うことにばっかり意識を向けてたから、全然そんなところには気が回ってなかった」
道路が整備されているわけでもない以上地面の凹凸や小石がそのまま揺れに繋がるだろうし、長時間座りっぱなしになるんだからそういった対策もしておかないといけないよな。
本当に何から何までミリオに頼りっぱなしになってるな。……ちょっと自信なくなってきた。大丈夫かな、俺。