スキル
「はっ、はっ、はっ!」
やばい! やっぱり全力で走っても差が広がらない。こいつ足速い!
いや、俺が遅い!
くそーっ! ゴブリンって大抵のゲームじゃ雑魚中の雑魚だろ! 最初の村の外にいてレベル1でも余裕で倒せる程度だろ!
その雑魚に後ろから同じ速さで追走されてる俺っていったいなんなんだよ!
いや、そもそもゲームのプレイキャラって大抵は戦闘職についてるやつらだから余裕なんであって俺みたいな一般人ならこれが普通なのか?
つーかそんなこと今はどうでもいいから!
あー、脇腹痛てーし、頭もふらついてきた。やばいまじで酸欠で辛い。
まずい、正直かなり限界が近いぞこれ。急に運動したからか筋肉がすげぇ痛い。足を回してる感覚もどんどん狂って、って!
「やっべっ!」
足が絡まった! うぉ! 地面近っ!
「ぐっ! うわっ!」
走ってた速度そのままに蹴躓いてしまったせいで体が滅茶苦茶に転がる。咄嗟に手を出したからなんとか顔から落ちずにはすんだけど、足を止めてしまった! 急いで体勢を立て直さねぇと!
「痛っつ!」
まずい、走り疲れてたうえにさっきので体中を打ち付けたからか、痛みと疲れで体に力が入らない。というか足が痙攣してまともに立つこともできねぇ。
「ゴブッ!」
……ついに追い付かれちゃいましたか。
緑色の肌、尖った耳、血走った目、黄ばんだ歯に鼻につく獣臭さ。
うわ、近くで見るとまじでリアルゴブリンじゃんか。
お前ゲームとか物語の世界の住人じゃなかったのかよ。なんで現実に存在してやがるんだよ。
さすがにこの痛みと疲労感、草の感触に土の感触、匂いや風の音が間違いなくこれが夢ではなく現実だと告げている。
だけど、だからこそゲームや物語とは違う可能性もあるかもしれない。
このゴブリンがそのまま俺の知っているゴブリンという生き物なら人間に対してひたすらに敵意を持って襲いかかってくるだろうけど、その認識がこいつにも当てはまるとは限らない。なぜならこれは現実だからだ。
正直さっきからこっちを見下してニヤニヤしてるこいつに期待するのはおかしいかもしれないけど、ろくに喧嘩もしたことのない俺がこいつに勝てる見込みは無さそうに思う。
なら一か八か対話してみるのもアリなんじゃないかと思う。言葉が通じるかは分からんけどな。
「あー、もしもし? ゴブリンさん? 言葉分かる? 俺、敵違う、仲間仲間」
後半なんかカタコトで喋っちゃったけど、言葉が通じるかも分からない相手に何を言えばいいのかなんて分からんし、ニュアンスだけでも汲み取ってくれれば嬉しいんだけどな。
「ゴブ?」
うわ、なんか珍獣でも見るかのような目でこっち見んのやめてくんないかな。傷つくわー。
……つか絶対これ通じてないやつじゃんかよ。どうすんだよ。
お?なんかゴブリンさんが変な顔しつつもこっちに近づいてきたぞ? これはひょっとしたらひょっとするのか?
「ゴブさん。仲間仲間、俺たちなか──」
ま、と言おうとした直後に頭に鈍痛が走った。
「がっ!?」
ちょっ!? こいつ、いきなり棒で頭ぶん殴ってきやがった! ありえねぇ、まじでいってー! ふざけんなよこいつ!
「おい! おまっ、ぐっ!」
この野郎っ! また、っておい、やめ、この、何回、殴るつもりだよ!
うつ伏せに丸まった状態で頭を腕でかばっても、その上から容赦なく執拗に殴り付けてきやがる。
でも、痛いのは痛いけど、これだけ殴り付けられてもまだなんとか耐えられるってことは、こいつ腕力はそんなにないってことだよな。
だとしたら、組伏せちまえばなんとかなるか?
……そうか、そう考えたらなんか痛みとかどうでもよくなるぐらいに急に怒りが込み上げてきた。
この雑魚ゴブリンめ、よくもいいようにやってくれやがったな、いいだろう、そっちがその気ならもう知らねえよ。完全に俺を怒らせちまったみたいだぜお前。
さっきから等間隔で俺を滅多打ちにして疲れてきたのかだんだんと勢いが弱くなってきてるし、やるなら次に棒を振り上げたタイミング。
ここだっ!
「うらっ!」
「ゴブッ!?」
丸まった状態から地面に手をついて一気に上半身を持ち上げる。その勢いのままゴブリンが棒を振るっていた右の手首を左手で掴み上げる。
急に跳ね起きた俺に驚いたゴブリンは一瞬目を見開いて動揺をみせたが、すぐに掴まれた手首から俺の左手を引き剥がそうと自分の左手を伸ばしてくる。
が、俺は空いている右手でその左手の手首も掴みあげる。
これでこいつの両手は塞いだ。後は押し倒してぶん殴るなり、締め上げるなりすれば俺の勝ちだ!
……ってあれ? まずい、この状態に持ち込んだのはいいけど、さっきしこたま痛め付けられたせいで腕に力が入らねぇ。
足に力を込めようとしても、こっちも全然力が入らねぇ。
「うおっ!」
やばい、このままじゃ押し負ける。
というか、もう無理だ!
僅かに力が緩んだ瞬間にその均衡が崩れて力負けしてしまう。
……うん、逆に押し倒されちゃったよ。どうしようこれ。
いや、まじでどうしようこれ!
「グゥゥッ!」
うわー、抵抗されたことに怒ったのかすげぇ形相で唸ってらっしゃる。
一応手首は掴んだままだけど力が入らないからここから押し退ける手段はもうない。
……詰んだ。
徐々に腕が押し返されて、肘はすでに地面についている。
ゴブリンの顔がかなり近い、臭い、気持ち悪い。
ってなんだ、こいつそんな口を大きく開けて、おい、まさか、こいつこのまま俺を噛み殺すつもりじゃ……。
嘘だろ? こんな展開ありかよ。こんな訳も分からん場所で、訳も分からん状況で、訳も分からんやつに殺されるのか、俺は。
……冗談きついぜ神様。人の運命弄ぶのも大概にしろよ。
こんなくだらない死に方しなきゃならないようなことした覚えはないんだけどな。
あー、くだらねぇ、ホントくだらねぇ。
段々と近づいてくるゴブリンの顔。吐息の生暖かさが首筋を撫で、やけに鋭い犬歯がその口から覗いている。
もう数瞬もしない間に俺の首元は噛み千切られて、俺の人生は終わりを迎えるのだろう。
正直もう抗う力なんて残ってない。全身が虚脱感に包まれてもう俺自身が既に諦めてしまっている。
そして、ゴブリンの鋭い歯が、俺の首筋に食い込んだ。
「がっ、がぁああああっ!!」
痛い、痛い、痛いっ、痛いっ!!
自分の肉の中に異物が入り込む感触がした直後に、強烈な激痛と異常な熱さを感じ、脈動が音でも聞こえそうなほどに跳ね上がる。
ゴブリンが肉を噛み千切ろうと歯をぎりぎりと擦り合わせる度に血が飛び散り、痛みで一瞬意識が飛びそうになっても更に強い痛みが襲いかかってきて意識が覚醒させられる。
正に生き地獄だ。
全身が小刻みに震え、目からは涙が溢れだしてきた。
こんな痛みを味わい続けさせられるぐらいなら殺されたほうがよっぽど楽になれるだろう。
もう抵抗なんてしないから殺すならさっさと殺してくれ。
その思っているはずなのに、俺の腕は少しでもこいつを遠ざけようとまだ必死に抵抗を続けている。
いや、もういいよ。どうせここから逆転の目なんてもう絶対ないから。さっさと楽になろうぜ?な?
ほらじゃあカウント3で力抜くからな。
……3……2……1……。
おーい。君たち俺の一部なのになんで俺のいうこと聞いてくれないかな。
……あぁ、もう分かったよ。
認めるよ、そうだよ俺は死にたくなんかない。あたり前だろ?だってここで簡単に死んだら、なんかよく分からんけど、何かに負けたような気分になるからな。
かりに死ぬとしても最後まで意地汚く足掻いて、なんなら奇跡のひとつでも起こしてみるのが男の生き様ってやつだろうがよ!
そうだ、まだ腕は動くんだ。
死ぬにはまだ早いって、俺の心が、魂がそう叫んでるんだ!
なら後はこの俺が意志を示せば、まだこの体は俺の期待に応えてくれる!
やってやるよ、こんな状況でも意地を張るのが男ってもんだろ! 行け!
自分の意志を、爆発させろっ!
「……ぉお……ぅうおおおおぉぉぉああっっ!!」
『意志の解放を確認。スキルシステム承認。スキル取得条件を満たしました。スキル《限界突破》を取得。スキル《起死回生Lv1》を取得。スキル《抗う意志》を取得。ならびに称号《不屈の闘士》を取得したことによりスキル《不屈》を取得しました』
「おぅらっ!!」
『パッシブスキル《限界突破》発動。パッシブスキル《起死回生Lv1》発動』
「ゴッ……!?」
俺の上に馬乗りになっていたゴブリンを力任せに強引に押し退ける。
噛まれていた首筋の肉が嫌な音とともにひき千切れ、多量の血飛沫が舞い、体からどんどんと熱が失せていくのを感じるが、まだ体は動く。問題ない。
それにしてもやけに簡単に押し返せたな? それに今、なんか変な声が頭の中に響いてたような気がする。
いや、そんなことどうでもいい。今は目の前のこいつをどうにかすることが先決だ!
「いくぞっ! ……ってあれ?」
派手に押し返して後ろ向きに吹っ飛んでいったゴブリンに追撃をかけようとした瞬間、俺の後ろから何かが飛んできてゴブリンの頭に突き刺さった。
……は? なにあれ?
何かが飛んできた後ろを振り返ってみると、弓らしきものを構えた青年がいた。
あの人が弓でこいつを射抜いたのか。あんな距離からすげぇな。
お? 手を振ってきた。ここは振り返しておけばいいのか?
手を振り返したらなんかすげぇ速度でこっちに駆け寄ってきた。
うわっ速っ!
「やぁ、危ないところだったね。すごくボロボロだけど大丈夫?」
!? 普通に話しかけられた。
どうしよう、ここは俺も無難に返答するべきだろうか。
うん。そうしよう。
「あ、はい。とくに痛みとかはないんで。それよりもありがとうございました。助けてもらったみたいで」
「ははっ、いいよいいよ別にお礼なんて」
なんかいい人っぽいな、無駄に爽やかだし。
「……そんなことより、ねぇ君、本当にその傷大丈夫? なんか血の出てる量が尋常じゃないんだけど、目の焦点もあきらかにおかしいし」
そういえばさっきまではあんなに痛かったのになんで今は……。いや、傷のことを言われたからか急に痛くなってきた。
うわ、足下に血溜まりができてる!
……やばい頭がふらふらしてきた。
あ、もう無理。
「ちょっ! 大丈夫!?」
意識を失う直前また頭の中に機械的な謎の声が聞こえた気がした。
『称号《死に損ない》を取得したことによりスキル《自己再生Lv1》を取得しました』