市場
いくら強くなることだけに時間を使っていたのだとしても、せめてこれぐらいは最初に調べておくべきだったと思う。
たとえば、そう。最初の頃に職探しでふらふらとその辺りの店を尋ねた時にもっと色々と確認しておけば良かった。
まぁ、あの頃はまだ自分の置かれている状況をしっかりと理解していなかったというか、どこか物事を楽観視している部分があったのでその辺りにまで気が回っていなかったというのが本当のところなので、そこは素直に反省している。
街の中には冒険者や衛兵がいるので外に比べれば安全なのは明白なのだが、それでもいつ緊急事態に巻き込まれるとも限らないのに自分が暮らしている街についてこれ程無知だというのは流石にまずいだろう。
なので、これを期にこれからは空いた時間に少しずつでも街を散策することに決めた。
なんなら今みたいにクレアと二人、デート感覚で色々な物を見て回るのもいいかもしれない。それをクレアが楽しんでくれるかは分からないが、そこは楽しんでもらえるように努力するのも俺の勤めというものだろう。クレアが笑顔で居てくれることは俺にとって最重要事項なので手を抜くつもりは毛頭ない。全力だ。
『……次はあっちの方……教えてあげるね』
「おう、頼むな」
そうして積極的に俺の腕を引いて、色々な場所を案内してくれるクレアに連れられて街を歩き回っていると、いつの間にかよく食材を買うために訪れる中央の市場へとやってきていた。
所狭しと露店が並ぶこの場所は相変わらず人が多い。活気があるのは良いことなんだがやっぱり人混みは未だに少し苦手だ。何となく酔いそうになる。
それに人の多さに対して店同士の間隔が狭いせいで、ただ歩くだけでも人を避けながら進まないといけないところが微妙に面倒臭いところだ。
まぁ、ここには大抵の日用品や食材が揃っているので人が集まるのは当然だし、俺たちもその口なので文句をつける気はまったくないけどな。
心の中でそんなことを考えながらも、何か物珍しい物でも並んでいないかと二人で様々な露店を眺めながらゆっくりと歩みを進めていく。
──と、その時。
前方から大きな荷物を両手で抱えながらこちらに向けて歩いてくる男が居たので、抱き締められているのとは逆の腕でクレアの肩を掴んでその体をこちらに抱き寄せる。
『……ふえ?』
突然俺に肩を抱かれたことに驚いたのか、クレアは可愛らしく抜けた声を上げて何度も瞬きを繰り返している。
その直後に先程の男が俺たちの目の前を通り過ぎ、何とか正面衝突することは避けることが出来た。
「ふぅ、危なかった。と、悪いクレア急に抱き寄せて。痛くなかったか?」
『……あ……うん……大丈夫だよ……ありがとう……アスマ君』
俺の反応で今の状況を理解したのか、クレアがお礼を言ってくる。
「いや、怪我がなかったなら良かったよ」
先程のことは相手もこちらもお互いが前方不注意だったのでどちらが悪いなどと言うつもりはないが、とにかくクレアが無事で何よりだ。
でも、やっぱり人混みでよそ見をして歩き回るのは危ないから別の場所へ移動した方が良さそうだな。




