経験
「そっか、一杯頑張ったんだな。本当、大したもんだよクレアは。俺も負けてらんないな」
そう言ってクレアの小さな頭を撫でると、閉じた目はそのままに笑みを浮かべ、気持ち良さそうにしてこちらに身を委ねてくる。
「それでどうしたんだ? 何か俺に話があったんだよな?」
ずっとこうしていたいのはやまやまだが、それでは本当にいつまでも撫で続けてしまいそうなので、それは自重して頭から手を離してクレアに話しかけると、クレアも撫でられることに夢中でそのことを忘れていたのか、しまったという風に口を「あ」という形に動かした後、口元から笑みを消し、集中するように眉根を寄せて真剣な顔をして再度念話を行うために緻密な魔力操作を開始した。
『……アスマ君……他の人の……パーティーに……入るの?』
「え? なんで?」
『……だって……さっきの話……聞いて……なんだか……嬉しそう……だったから』
いやまぁ、周りから評価されるっていうのは今までの頑張りが認められたみたいで嬉しかったし、実際に他のパーティーにちょっとまぜてもらったりしようとは思っているけど、なんでクレアはそんな悲しそうな顔してるんだ?
……って、あー。もしかして、俺が今の固定パーティーを抜けて違うやつらとパーティーを組むんじゃないかって思ってるのかな?
だとしたら、それは早とちりもいいところだ。俺が今のパーティーを抜けるなんてことは絶対にあり得ない。
それにしても、クレアはあれだな。前にも一度思ったことだけど、案外嫉妬深いというか、独占欲が強いところがあるよな。
まぁ、正直俺のことでこんなに感情を表してくれるのはかなり嬉しいことなんだけど、前と同じ失敗をしないために今回はそのことについてちゃんと言葉にして話しておかないといけないな。
「クレアは俺が他のパーティーに行った方が良いと思ってるのか?」
『……思ってない……嫌だよ……一緒が良い』
「うん。クレアがそう思ってくれてるんなら、俺が今のパーティーを抜けることは絶対にないよ。約束する」
不安そうな顔をしているクレアの頭に再度手を置き、そう宣言する。
「俺だってクレアと一緒にいたいって気持ちは同じだ、できることならずっと隣に居させてほしいよ」
心の底からの本音を、俺に出来得る限りの優しい声音で語っていく。
「でもな、これはミリオにも聞いておいてほしいことなんだけど、少しの間他の人たちのパーティーに入れてもらって何度か任務を受けようと思ってるんだ。俺」
「……」
『……なんで?』
ミリオは俺の話を最後まで聞いてから質問をする気なのか、特に何も言わずに俺の言葉を聞いてくれているが、クレアは俺の言っていることの意味が全然分からないとばかりに、即座にその理由を尋ねてくる。
「これは前から思ってたことなんだけどさ、俺はミリオたちに比べると戦闘なんかの経験が圧倒的に少ないから、咄嗟の時の対応力も低いし、判断能力も鈍い。そういう部分に関しては、今までミリオやアンちゃんに任せ切りだったから当たり前と言えば当たり前なんだけどな」
ミリオもアンネローゼも、俺より遥かに場数を踏んできているだけあって、その辺りの能力はかなり高いからな。
「でも、やっぱりそれに甘えてるだけじゃ駄目なんだ。状況判断を他人任せにして、優秀な味方に頼ってばっかりじゃいつまで経っても俺は半人前のままだ。人それぞれに役割があるのは分かっているけど、冒険者として最低限必要な能力を持っていないっていうのはただの怠慢だ」
いつどんな状況に追い込まれるか分からない以上は、最低限一人一人が身につけていなければならない能力なのは間違いないだろう。
「このままミリオたちと合流しても、そのうちそれが原因で足を引っ張ってしまうことがあるかもしれない。だから俺は、自分と同じぐらいの駆け出し冒険者と組んで任務を受けることで、その能力を養っていこうと思ったんだ」
それはある意味では遠回りな道のりなのかもしれない。けど、確実な実力を身につけていくためにはそれは必要な過程だと俺は思っている。
「それともちろんだけど、そこにはクレアも一緒に来てもらうつもりだからな」
そう言った瞬間、集中するために目を閉じていたクレアは、目を見開きこちらの目を覗き込むように視線を向けてくる。
「俺もだけど、冒険者になるならクレアにだって必要な能力なのは間違いないんだから、当然だ」
唖然としたようにこちらを見上げるクレアの頭を撫で、言葉を続ける。
「だから、強くなるために一緒に行こう。俺と一緒に」
笑顔でそう告げると、クレアも手を強く握り締めて、満面の笑顔で大きく頷き同意を示してくれた。




