魔術
「終わったみたいだねアスマ」
「…あぁ、なんとかな」
「アー君、アンも倒したよー。耳も取ってきたー」
俺がホブゴブリンを倒し終える間に二人も三体のゴブリンを片付け終えていたようだ。
…というかこの子はなんで耳なんて持ってるのよ。怖いんだけど。あと、吐きそう。
「…うっ。それってゴブリンのだよな? それも売るの?」
「う? 違うよー。これはゴブリンをやっつけた証明? だよ」
「ゴブリンは繁殖力が旺盛だから定期的に間引かないとどんどん数が増えていくから、ギルドでは常駐でゴブリンの討伐任務が掲示板に貼り出されてるんだよ。事後報告でも構わないから、ゴブリンを何体討伐したかって証明のために右耳を切り落として持っていくとその分報酬が貰えるんだ」
「そういうあれか。…それって耳じゃなきゃ駄目なのか?」
「数の誤魔化しをなくすために、指とかの似たような部位じゃなければどこでもいいよ。まぁ耳が一番無難だと思うけど」
「…耳か」
正直これ以上あの死体と向き合って何かするのは嫌なんだけど、そういうことなら仕方ない。
覚悟を決めてやろう。
槍じゃ切り落としにくいからナイフの方がいいかな。このナイフまだ一度も使ったことなかったんだけど、仕方ないか。
ホブゴブリンに近づいていくと、酷い血臭がしたので、息を止める。
足元には血溜りができていて、あまり足を踏み入れたくはないけどこれも仕方ない。
ホブゴブリンの近くまできてしゃがみ込むと、息を止めているのに鉄錆びのような臭いが痛いぐらい鼻の奥を刺激してくる。
早く終わらせよう。
腰の後ろに腰のベルトに通していた鞘からナイフを引抜き、耳の付け根に押し当てる。
驚くくらいに滑らかに刃が通り、簡単に切り落とせそうだと感じたが、半分ぐらい進んだところで軟骨か何かに引っ掛かり急に手応えが増した。
それでもナイフを上下に動かしながら引き切ると割とスムーズに耳を切り落とすことができた。
ナイフについた血と臭い、それと生暖かさのせいでさっきまでの吐き気がまた込み上げてきそうになったので、それを振り払うように立ち上がると、ミリオたちのところに帰っていく。
「アー君おかえりー。耳とれたー?」
「…ただいま。これでいいんだよな?」
「うん。問題ないよ。アスマの分は後で僕が自分の分と一緒にギルドに持っていってくるから預かっておくよ」
「あぁそうだな。頼むよ」
何か今日は疲れたな。
訓練よりも大して動いたわけでも武器を振るったわけでもないのに、疲労感が激しい。
やっぱり精神的な問題なのかな。
体力と平行して精神力も鍛えないとだめなのかな。鍛え方なんて知らんけど。
「疲れた?」
見ただけで分かるほどに俺がくたびれて見えたのか、ミリオが心配して声をかけてくる。
「あー、そう、だな。うん、疲れた。やっぱ体力ないよな俺」
「最初は誰だってそんなものだよ。今日はゴブリンの死体を処理したらもう帰ろうか」
…え? 処理? 今処理って言った? え? 何? 何すんの?
「…あの、処理って、何をするんだ?」
「土の中に埋めるか火で焼くかだけど、森の中で焼くと万が一火が周りに燃え移ったりしたら危険だから、埋めようかな」
「あ、あー。処理ってそういう」
いや、なんか死体に対して処理ってちょっと物騒な単語を使うもんだから、もっと猟奇的な何かをするのかと思ったわ。
「死体をそのままにしておくとアンデッドになることがあるから、死体の処理はきちんとやらないとね。アンデッドの相手をするのはちょっと面倒だし」
「なるほどな。それで埋めるってことは、穴でも掘るのか?」
「あぁそれは僕がやるよ」
「いや、さすがに任せっきりにするのはちょっと」
「大丈夫だよ。すぐ済むから」
そう言うとミリオは地面に向けて手をかざす。
「《アースピット》」
ミリオが何かの言葉を口にした瞬間、手の平を向けていた地面に突如として大穴が出現した。
「は?」
…今、何が起きた?
ミリオが地面に意識を向けていたから俺もそっちを見ていた。一瞬だって目を離したりしていない。
なのに気づいた時には地面にはこんな大穴が開いていた。
何で急にこんな穴が。
…いや、そうか。というかそれしか考えられない。これが…。
「魔術、か?」
「うん。地属性魔術のアースピットだよ。地面に穴を開けるだけの魔術だけど、こういう時には役に立つね」
「…すげぇ」
創作の世界では何度となく見てきた魔術という現象。
だが、実際に生で見てみると本当に訳が分からないほどにすごい。
地面に穴を開けるだけの魔術って言っていた通り、多分この魔術自体そんなに大したことのない初歩的な魔術なんだろう。
けど、そうだったとしてもそんなものは関係ない。
今俺の目の前で起きたのはいわば奇跡だ。
これ程の穴を一般的な人の力で掘り起こそうとすれば数時間はかかるだろう。それをたった一瞬、瞬きの間すらない程の一瞬で作り上げたんだ。
こんなものを見せられたら気分が高揚しないはずがない。
誰もが一度はこのような力を使ってみたいと思ったことが、憧れたことがあるはずだ。
それが、この世界でなら、もしかしたら自分でも扱うことができるんじゃないかと思うと、さっきまでの嫌な気分も吹き飛ぶほどの興奮が心に、波のように押し寄せてきた。
「な、なぁミリオ。その魔術ってさ、誰にでも使えるのか? それともやっぱり、そういう素質を持ったやつじゃないと使えないとかあるのか?」
「うーん。そうだね。誰にでもは使えないかな」
「…おぅ。やっぱそうか、だよな」
…知ってたよ。こんなすごいものを誰でも使えるなんて、そんな甘い話しがないことぐらい知ってたよ。
「その、簡単に説明すると、まず魔術を使うには最低限の魔力を持っていることが条件なんだ。それで、魔術には属性があるんだけど、基本的なのは火、水、風、土の四属性で、その属性のうち適性がある属性の魔術しか使うことはできないんだ」
「…最低限の魔力と適性があれば使えるのか?」
「うん。その認識で合ってるよ。ただ、魔力があっても魔力強度が低ければ大した魔術は扱えないし、魔力操作が下手なら魔力が暴発することもある」
いや、それさえ分かれば十分だ。
つまり、まだ俺にも魔術を扱える可能性はあるってことだ。
これが血筋とかが関わってくるなら絶望的だったけど、適性の問題ならそれを調べるまではまだ希望はあるってことだ。
「その適性ってどこで調べられるんだ?」
「ギルドだよ。そういうのを調べる魔法道具があるんだよ」
「ギルドか」
ギルドに行くのはレベルが5になった時と決めていたけど、正直心が揺らいでいる。
適性を調べに行きたい。けど、最初に決めたことを曲げるのは男としてどうなんだろうと思わないこともない。
うん。ここは初志貫徹で行こう。別に少しぐらい調べるのが遅くなったところで結果は変わらないんだし。実際に使おうと思ったら、またそれ専用の訓練を積まなきゃ駄目だろうしな。
でもそれを知ったら俄然レベル上げを急ぎたくなってきた。
頑張ろう。
「ぶー。さっきからなんのお話してるのー? むずかしくてわかんないー」
「あははっ、ごめんねアン。じゃあ、ゴブリンを穴に埋めようか。アスマは僕が倒した方の三体をお願い。ホブゴブリンの方は僕が運んでおくから」
「あぁ、そうだな。あのデカブツは俺じゃちょっと運ぶのしんどそうだし、ミリオに任せるよ」
普通のゴブリンは小柄で軽いから、楽に運び込むことができた。
そして、七体の死体を穴の中に入れると、ミリオがアースコントロールという土を操作する魔術で穴を埋めた。
正直、アースコントロールなんてものがあるならアースピットはいらない子なんじゃないのかと思って聞いてみると、アースコントロールは土を操作している間魔力を消費し続けるのに対して、アースピットは範囲を絞って穴を開けているだけだからそっちの方が魔力の消費が少ないという話だった。
なんとなく言わんとしてることは分かるけど、魔術を使ったことのない俺にはどれぐらいの違いなのかは分からんね。
「さて、それじゃあ処理も終わったことだし、そこの湖で軽く血を洗い落としたら今日は帰ろうか」
「はいよ」
「ういうい。ねぇねぇ、明日も魔物退治するの?」
「うん。そのつもりだよ。アンはどうする?」
「ついてきたーい!」
「ははっ、了解だよ。アスマもそれでいい?」
「もちろん。二人がいないと正直まだ、心細いからな。アンちゃんから貰ったおやつのお返しも明日持ってくるよ」
「わーい! たのしみだなー」
そんなに楽しみにされるとちょっとプレッシャーを感じるけど、あのクレア様ならなんとかしてくれるはずだ。丸投げですまんけど、お願いします。
「そういえばアスマ、今日ので一つぐらいはレベルも上がってるんじゃない?」
「おぉ、そういえばそうだな。ちょっと見てみるわ」
久しぶりに見るからちょっとステータスを開くのに手間どったけど、開くことができた。
さぁ、どうなってる?
LV1。
…なるほど。スライム三体とホブゴブリン一体じゃまだLv2には届かなかったか。
正直、一つはレベルが上がってると思っていたからちょっと落胆したけど、まぁ明日からも地道に経験値を稼いでいけば一週間もすればLv5ぐらいにはすぐに届くんじゃないかと思う。とはミリオ談だ。
まだ、魔物を殺すのには抵抗はあるけど、明日からはもう少し数を増やせればいいなとは思う。
せめて明日にはLv2に上がれるといいな。
だが、翌日も、その翌日も、初日以上の成果を上げたのにもかかわらず、俺のレベルが上がることは一向になかった…。
頑張れ主人公さん




