ホブゴブリン
一体目のスライムを倒した後、二体目、三体目と続けて難なくスライムを倒して、核を三個手に入れた。
……こんなことで金と経験値を稼げるのか。
正直、これでレベルが上がるのなら今までやってきた訓練のほとんどが意味なかったんじゃないだろうかと思うんだが。
まぁ、スライムだけで色々稼ぐのは効率が悪いだろうから限度はあるけど、レベルが上がれば徐々にランクの高い魔物を相手にして更に効率良く金と経験値を稼げるんじゃないのか?冒険者になれば任務と並行でそれができるから更に効率性はあがるだろうし……。
って、いやいや。
だからそういう考えが駄目なんだっての。
さっきだって油断からスライムに襲われかけてアンネローゼに助けられたばっかだし、一人で任務を受けないといけない場合に備えて訓練をしてくれてたんだろ?
実際今あんなに簡単にスライムを倒せたのだってミリオとアンネローゼがお膳立てをしてくれていたおかげだ。
つまりこれはまだ訓練の一環なんだ。
そもそも、そういう余計なことを考えてる暇があるほど俺は強くなんてないだろうが。
効率うんぬんなんてそんなものを考えるのはもっと先でいい、この世界はゲームみたいなシステムがあるけど、ゲームじゃないんだ。
効率よりも安全策をとるのは当たり前のことだろう。死ねばそこで終わりなんだ。次なんてない。
せっかく二人が俺のためを思って鍛えてくれたのに、その気持ちを無駄にするなんてことは絶対にしちゃいけないことだ。
……はぁっ。本当に自分のこのゲーム脳が嫌になってくる。毎度自己嫌悪が酷い。
「どうしたのそんな苦い顔して?」
「……あぁ、いや、なんていうかまぁ、あれだよ。自分の性根の不甲斐なさに落胆してるだけだよ」
「? よく分からないけど、元気出しなよ」
「アー君元気ない? おやつ食べる? はいあーん」
「……あーん。……うまいな」
なんか妙に甘ったるいけど、もちもちしててうまい。
変な考えで頭の中がごちゃごちゃしてるときは何でもいいから外からの強い刺激で頭を一度リセットするに限る。
そういう意味では、この甘うまいおやつは丁度良かった。
これ以上変に気を使わせるのも悪いし、空元気でもいいから頭の中を切り替えろ。
「……よし。さんきゅー二人とも。ちょっと考えごとしてただけだから、もう大丈夫だ」
「そう?ならよかった」
「よかったーアー君元気になったー。おやつすごい」
「ははっ、今度俺もなんか買って返すよ。どんなのがいい?」
「ほんとっ? んとねー、甘いのがいい!」
「おっけー。甘いのね」
そういえばこの世界の甘味の価値ってどんなもんなんだろ? スライムの核を換金した金で足りるかな? いや、材料だけでも用意できればクレアに作ってもらえるか。その方が売り物よりよっぽど喜んでもらえそうだし、うん、その方向で行こう。
「よし、そうと決まれば次の獲物を探しに行こうぜ」
「いや、それには及ばないよ。丁度今、その獲物の方から来てくれたからね」
え? と思った直後に、正面の茂みが掻き分けられ、その奥から緑色の肌をした小人、ゴブリンが姿を現した。
その数三体。
複数体の敵が現れた時には俺は戦うなと言われているので、ミリオとアンネローゼの後ろに下がる。
だが、アンネローゼは背後を振り返り、そちら側の茂みを凝視した後数歩足を進め、俺とその茂みの間に立ち槍を構えた。
まさか、そっちからもくるのか?
案の定そちらの茂みも掻き分けられ、三体のゴブリンが姿を現した。
これで計六体のゴブリンに挟まれている状態だ。
……いや、両脇に三体ずつのゴブリンを配置しているこの状況、もしかしたら本命は…。
「気づいたみたいだねアスマ。そう、今君が見てるその視線の先から来るやつが、多分このゴブリンたちのボスだ」
「あー、やっぱり? だよな」
相手はここに俺たちがいることを分かったうえで、逃げ道を塞ぐように人数を分散させて配置してきている。
通常ゴブリンが仲間に対して指示や作戦を出すということはない。ならその指示を出したやつがいるはずなんだ。
そう、両脇にゴブリン。背後には湖。その間。
そこから現れたのは、背丈が俺と同じぐらいはあり、通常のゴブリンよりもかなり発達した筋肉を持つゴブリン。
ゴブリンの上異種。ホブゴブリンだ。
「……でかいな。こんなのがいるなんて聞いてないんだけど」
「どうやら、余所から流れてきたみたいだね。群れから追い出されたのか、抜けてきたのかは知らないけどね」
「しかも武器まで持ってやがる。あんな丸太みたいな棍棒で殴られたら、俺一発でやられる自信があるわ」
「あははっ、かもね。でも、そっちはそれ一体だけだ。丁度いい機会だし、どうアスマ。それと戦ってみる気はある?」
「……いやー、さすがにこれは遠慮願いたいんだけど。つーか俺まだ普通のゴブリンとすらまともに戦ったことないんだけど」
正直、こいつに勝てる光景がまるで思い浮かばないんだけど、どういうつもりで俺にこいつの相手をしろと?
「大丈夫。やってみれば分かるよ。どうしても無理だと感じたら僕が交代するよ。それまでにあっちの三体は仕留めておくからさ」
「……本当に俺にやれると思うか?」
「うん。少なくとも僕は大丈夫だと思ってるよ。アスマはさ、もう少し自分に自信を持ってもいいんじゃないかな」
自信、ねぇ。そんなものはないんだけどな。
でも、そんなに俺のことを買ってくれてるっていうんなら、少しはその期待に応えてみるのも悪くはなさそうだ。
「……ふぅ。分かった。なら行ってくるよ。俺が死なないように祈っててくれ」
「焦らなければ問題ないよ、アスマならね」
本当にその買いかぶりはなんなんだよミリオさん。
でも、今まで俺の訓練を見続けてきたミリオがそう言ってるんだ。なら俺はその言葉を信じてやってみるだけだ。
「よぉ、デカイの。ウチの大将が、どうやらお前程度の相手は俺みたいなので十分だってよ。だから、精々俺の経験値になってくれや」
「ゴブフゥー!」
言葉は分かってないだろうに何故か今のでヘイトは稼げたみたいだな。
さて、まずはお前の動き、俺に見せてくれよ。
「ブッフゥー!」
こっちに向かってホブゴブリンが走ってくるけど、遅いな。
なんだこいつ。ゴブリンの方がよっぽどすばしっこかったぞ?
まぁ、典型的な脳筋ってやつなんだろうな。他のステータスを蔑ろにして筋力だけを鍛えまくったタイプのやつなんだろな。
だから一発も攻撃をもらわないためにもまずは観察しよう。
「ゴッブー!」
棍棒を上段に振り上げた。
まずは、一番威力のありそうな振り下ろし攻撃からか。
地面に叩きつけられたら小石とか飛んできそうで怖いし、ちょっと長めに距離をとって横に回り込むか。
「ブゥーンッ!」
うぉ、さすがに威力は凄いな。棍棒が当たった部分の土が弾け飛んだぞ。あれは本当に当たったらマズイ。もっと慎重に行こう。
……? あれ? なんだ、動かないぞ? どうしたんだ?
動いた。で、キョロキョロ周りを見てる。何をしてるんだ、コイツ。あ、こっち見た。
「ゴブッ!」
……あれ? もしかしてコイツ、今俺のことを見失ってた、のか?
いや、まさか。
「ゴッブン!」
今度は薙ぎ払いか。だけど、大振りすぎて当たる気配がないんだけど。
あれ? また止まった? さっきから一発振る度に止まってないか?
……まだ分からんけど、もしかして、コイツって、めちゃくちゃ弱いんじゃないか?
「ゴブッフゥー!」
試してみるか。
また、なんのフェイントもないただ力に任せただけの棍棒が横薙ぎに振るわれるが、当たらない。
棍棒を振るったことで体勢が流されるように崩れたのを確認したので、とりあえず棍棒を持ってる方の腕に、手にした槍を突き刺してみる。
「ギィーッ!?」
腕に槍が刺さった瞬間、痛みで動揺したのか叫び声をあげながらその手に持っていた棍棒を落とした。
……えぇー。
弱い。本当に弱い。
なんだ、俺、こんなのにさっきまであんなにビビってたのか? なんてこった。完全に見た目に騙されて呑まれてたってことかよ。
……いや、油断するにはまだ早い。
一撃が重いってことに変わりはないんだ、じっくりといこう。
いまだに痛みで喚いているホブゴブリンの後ろに回り込み、人の心臓の位置を狙って槍を突き込む。
刺さる。が、臓器までは届かなかったのか位置が違ったのかは分からんけど、背中から地面に倒れ込むだけで先程よりも更に激しく喚き散らしている。
次はどこを狙うか。頭は頭蓋骨で槍が滑りそうだから却下かな。とりあえずもう片方の腕も貫いておくか。
じたばたと忙しなく動いてはいるが、大した動きではないので次も簡単に槍を突き立てることができた。
そうして余裕ができてきたせいか、さっきまではあまり気にならなかった槍を突き刺した時の、肉に刃物を突き立てる生々しい感触が手に残っていることに気づいて少し気持ち悪くなってきた。
が、ここでやめるわけにはいかない。
経験値のこともあるけど、それ以上に徐々に弱って精気を失いつつあるこのホブゴブリンをそのまま放置するのはあまりにもしのびなかったからだ。
腕はだらりと下がったまま動く気配は見せない。
顔色も徐々に青白くなってきていて眼もうつろだ。
止めをさしてやろう。
ホブゴブリンの頭側に立ち、その体を見下ろす。
狙うのはその首だ。
槍を両手で握り、穂を下向きにして、ホブゴブリンの首目掛けて一気に突き刺す。
すんなりと穂はホブゴブリンの喉元に埋まったので、そこから喉を切り開くように槍を横に振り払う。
「ゴッポ……?」
喉元からは空気の漏れるような音とともに血がとめどなく溢れだし、地面を赤く染めていく。
もうホブゴブリンはほとんど動かなくなって、血も少しずつその勢いを弱めてきている。
今俺の目の前で、一つの命が急速に失われていっている。
これが、命を奪うってことなんだな。
さっきから手が小刻みに震えて今にも槍を落としそうになるが、抱え込むように持つことでなんとか支えている状態だ。
その槍にはホブゴブリンの血がべっとりとついていて、穂先から垂れてきた血が俺の手を汚していく。
まだ、少し温かい。
それを意識した瞬間、胃の奥底から急激に吐き気を催して、今にも嘔吐物を撒き散らしそうになったが、寸前のところでこらえ続ける。
自分の手で、自分の意志で奪った命の前でそのような行為に及ぶことが酷く身勝手に思えたからだ。
だから、先ほどから吐き気とともに込み上げてくる熱い雫を溢すことも絶対にしたりはしない。
スライムの時にはまるで感じなかったこの嫌悪感。
スライムの命もホブゴブリンの命もどっちも等しく命だということは変わらないはずなのに、俺の倫理観がより生を感じる生き物を殺したことにより悲鳴を上げているのだろうか?
レベルを上げるために始めたこの作業だが、一度でこれなら二度、三度と続ければ俺の心はどうなってしまうんだろう。
それとも、次に同じことをする時にはもうこの痛みには慣れてしまっているんだろうか。




