支え
……いやでも、そのおかげで助かったのも事実か。
頭の働きは相変わらず万全とは言い難いが、それでもクレアの存在を認識した直後に、自分の中で確立した自己が目を覚まし、正気を取り戻すことができた。
さっきまでの自分は明らかに正常ではなかったと、振り返ることができる程度には思考能力が復活し、虚勢を張ろうと奮起する活力も湧いてきている。
それは確実にこの子が自分の傍にいることが影響しているだろう。
今までもそうだったように、精神的に脆い俺は、己を奮い立たせる理由を他者に求めている。それは依存と言ってもいいかもしれない。そして、その中心に存在するのがこの子であることは間違いない。
だからこそ俺は、せめて大切な人の前でだけは強くありたいと願い、無様だろうがなんだろうがこうして見栄を張る決意を固めることができているのだ。
そういう意味ではここへこの子が来るように仕向けてくれたミリオには感謝をするべきなのかもしれない。
『ははっ、大丈夫に決まってるだろ? これでも俺、痛いのには慣れてるからな。いつもボロボロになってるのは伊達じゃないってな』
……嘘だ。確かに以前に比べれば痛みに強くなったのは事実だが、一定以上の苦痛を感じればスキルでそれを遮断するようになっている性質上、俺はいつまで経ってもそれ以上痛みに強くなれてはいない。
持続的な激痛に襲い続けられている今の状況は、気が狂ってしまいそうなほどに辛い。痛いのは苦手だ。
『……それ。嘘、だよね?』
『え?』
『本当は、すごく痛いんでしょ? でも私の前だからって、無理してるんだよね?』
……なんで? なんで、バレてる?
まさか気づかれるとは思っていなかったので、それに動揺し、心に被せた偽りの仮面が剥がれかけようとしている。
『い、いや、何言ってるんだよ、嘘なんて』
『ううん、嘘だよ。だって、アスマ君、そんなに泣きそうな声してるんだもん』
泣きそうな声?
いや、そんなわけはない。そんなものが分かるわけがない。
だって、ボロを出さないようにこうして思念で言葉を伝えるようにしているんだ。客観的に見ても、そこにそんな感情が宿っていることなんて分かる訳が……。
『いやいや、からかうなよ。そんなわけがない、だろ?』
『そんなわけある。分かるよ。だって、アスマ君の声だもん。いつも聞いてるアスマ君の声だもん。分かるに決まってるよ』
クレアはそう言ってこちらに歩み寄ってくる。足音でそれが分かる。
ゆっくりと、でもしっかりと、一歩一歩確実に。
そして、布団越しにその手が触れられたことに、思わず体を跳ねさせてしまう。
だがそれに構わず、クレアは俺の背に添えた手を離さずに、そのまま俺に語り掛けてくる。
『今までも、そういう気持ち一人で抱え込んでたんだよね。ごめんね、気づいてあげられなくて』
優しい声で俺を安心させるようにし、背中を撫でながら続ける。
『ううん、本当は気づいてたのかもしれない。でも、アスマ君の優しさに甘えて、それに気づかないようにしてたのかもしれない』
布団を捲り、正面から瞳を覗き込んできたクレアと目が合い、微笑んだクレアは俺の頬を両の手で挟み込むようにして囁き掛けるように言う。
『でもね、アスマ君言ったよね、二人で一緒に強くなろうって、弱い自分を支えてくれって。だから、これからはもう我慢しなくてもいいんだよ?駄目になりそうな時は私がいるから、もう強がらなくてもいいんだよ? 泣きたい時は、泣いてもいいんだよ?』
その言葉が俺の心に届いた瞬間、虚構の仮面はあっけなく崩れ落ち、今まで張り詰めていた緊張の糸が音を立てて切れた。
そしてクレアは俺の頭を胸元で抱き締め優しい手つきで髪を撫でる。その温かさに触れ、俺は情けなくも体を震わせ、涙を流してしまう。