空転
……いや、違う。何をこれぐらいのことで弱気になっているんだ。大丈夫、この程度ならまだまだ耐えられる。肉体的、精神的に追い込まれたことなんてこれが初めてのことじゃないだろ。
目を見開き、砕けそうになるほどに奥歯を噛み締め、荒い呼吸を正すように意識して、深く呼吸を繰り返す。
落ち着け。今はこの異常なまでの昂りと痛みのせいで、ちょっと頭が混乱しておかしくなっているだけだ。冷静になってみれば、こんなものは大したこともないただの生理的な反応だ。
いつものように、気を確かに、意志を強く持てば乗り越えられる程度の苦痛だ。
そう、いつものように。いつもの。……いつもの?
あれ? 俺って、いつもどうやって自分を保っていたんだっけ?
頭を抱えて必死で思い出そうとするが、思考が空回りするだけで、その時に感じた思いも、その時の情景も何も思い浮かんでこない。
まずい、なんだこれ? どうなってるんだ? なんでなにも思い出せない?
……記憶がなくなったというわけではない。頭の片隅にその存在を確かに感じることだけはできる。
だが、それを思い出そうとしても上手く記憶の整理がつかず、浮かび上がる寸前でそれは霞のように消えてしまう。
その瞬間、心の支えにしていた大切な何かをなくしてしまった喪失感がこの身を襲い、今まで立っていた足場が崩れ去ってしまったかのような、得も言えぬ不安が鎌首をもたげてくる。
そして、そこから生まれてきた感情があった。それは、恐怖だ。
何を持っているわけでもなく、何も考えることができずに、鋭敏な痛みと不快感が体を蝕み、沸騰しそうなほど熱い頭に、底知れぬ焦りが胸中に渦を巻く。
それをどうにかする術もなく、どうにかしようとする気力も湧かず、今すぐにでも自分を見失ってしまいそうなほどに自己意識が希薄になってきている。
もしこのまま意識を手放してしまったら、もう二度とここへ戻ってこられないという恐怖が心を締めつけ、身動き一つ取れなくなってしまう。
痛い、熱い、辛い、苦い、気持ち悪い、怖い。
様々な感情がないまぜになり、更にそれがより大きな負担を俺の心へ強いてくる。
もう嫌だ。なんでこんな辛い思いをしなくちゃならないんだ?どうしてこんな目にあっているのに俺は俺で在り続けないといけないんだ? 何故、俺は一人なんだろう?
ぐちゃぐちゃに溶けた思考が混ざり、歪に形成された感情が胸の奥にわだかまっている。
こんなことになるぐらいならいっそのこと……。