東の森
時は来た。
さぁ行こうか、我々の戦場へ…。
「何をぶつぶつ言ってるの? ほら、早く行かないとアンがもうあんな所まで行っちゃってるよ」
「お~い! ア~く~~ん! ミ~く~~ん!」
「あ、はーい」
一週間というのは早いもんで、今日はついに念願の魔物狩りの日だ。
……魔物狩りっていうと物騒に聞こえるけど、別に俺は魔物を狩りたいわけじゃなくレベルを上げたいだけなんだ。
その過程に魔物狩りという行為があるだけで決して俺が精神的に問題がある人間というわけじゃない。
まぁ、生き物を殺す以上、言い訳をするのは見苦しいとは思うけど、一つだけ言わせてもらいたい。
魔物はこっちが何もしてなくても殺意剥き出しで襲ってくるから、自衛のためにはレベルアップは必要不可欠なことなんだ。
俺なんていきなりゴブリンに追いかけ回された挙げ句に殴打に次ぐ殴打からの、噛みつき攻撃だからな。
巡り合わせが悪ければあの時に死んでたかもしれないし。
あの時のゴブリンにはこの世からご退場いただいてるから、もう特に思うところはないはずなんだけど、リベンジマッチぐらいはしたいところだ。
「ところでアスマ、今朝言ったことは覚えてる?」
「あぁ、もちろん」
さすがにそんな物忘れ激しい人間じゃないよ俺。
「一対一以外では戦わない。相手が逃げても深追いはしない。分が悪いと感じたら即座に逃げる。嫌な予感がしても逃げる。常に警戒は怠らない。だろ」
「うん。実際冒険者をやっていると不測の事態が起きることはままあるからね。どれだけ安全が確保されてようと注意をするに越したことはないからね」
まぁ、言わんとしてることは分かる。
でも、俺だけならともかく今日はミリオとアンネローゼがついているからな。正直不安を感じる要素がない。
実際今から行くのは街から東に数時間の距離にある森林地帯なんだけど、この東の森は基本的にスライムかはぐれのゴブリン、コボルトがいる程度だという。
この三体ならどれが来ても今の俺なら一対一で負けることはないと太鼓判を押されたうえに、この二人が本気を出せば相手が群れで来ても何とかできるんじゃないかと思う。
なんせ二人の本気はこの一週間の間に嫌というほど見せつけられたからな。
仕上げの訓練は本当に恐かった。
今までは基本俺が攻める側で、二人が受ける側だったんだけど、この一週間は二人が自由に動いて、俺の対応力を鍛える訓練をしたんだけど。
初めは二人とも手加減をしてくれてたから攻撃を防いだり、反撃したりできてたんだけど、日が経つごとに動きが本格化してきて、昨日なんかはほぼ本気だったんじゃないかと思う。
そのおかげか、多少なら二人の動きを目で追えるようになったし、攻撃にも指先だけなら反応できるようになった。
……これを成果と言っていいかは微妙だけど、効果はあるんだろう。多分。
まぁ、でも索敵の重要性は一応俺にも分かってるつもりだ。
遭遇戦の場合、先に相手を見つけるかどうかという部分が勝敗を分けることもあるほどだ。
先に相手を見つけた方が、相手に不意討ちをぶちかませるんだから当然っちゃ当然なんだけどな。
逆にわざと相手にこちらを見つけさせて、不意討ちしようとしてるやつらを不意討ちするっていう戦法もあるけどこれは一種の博打みたいなところがあるし何か理由でもない限りやることはないだろう。
「とうちゃーく! いぇーい! いっちばーん!」
「着いたね。アスマ大丈夫、疲れてない?」
「あぁ、大丈夫だ。伊達に毎朝真面目に走り込んでないってことだな」
この世界に来たときに比べるとかなり体力はついたぞ。
今ならゴブリンと追い駆けっこをしても勝てるかもしれん。やらんけど。
それにしても、ついにここまで来てしまったか。
今になってちょっと緊張してきたんだけど。
「それじゃあ最初はスライムがいる水辺に行ってみようか。スライムは中心の核を攻撃すれば簡単に倒せるから焦らないようにね」
「……了解」
「はーい。スラたん突っついちゃうぞー。つんつん」
……全部突っつくのはやめてよ。俺の分も残しておいてくれ。
「あぁ、先に注意しておくけど、水辺にはゴブリンやコボルトも水を飲みに来ていることがあるから意識しておいてね。後、スライムは木の上から落ちてくることもあるから気をつけて」
「あいよ。にしても森の中ってもっと暗いのかと思ってたけど、案外明るいんだな」
「今はね。日が落ちると急に暗くなるよ。慣れてないと方向を見失うからそうなったらあまり下手に動かない方がいいかもね」
「へーい」
「もうすぐ水辺だから武器の準備を…っアスマ上!」
「っ!?」
ミリオの声で弾かれたように顔を上に向けると、大人の頭をすっぽりと覆ってしまいそうなほど大きな水の塊が頭上から降ってきて、既に目の前に迫ってきているところだった。
げ! スライムか! 注意されたばっかだったのにやっちまった。
「ずどーん!」
背後からアンネローゼの間延びした声とともに突きだされた槍が、目の前のスライムの核とおぼしき部分を串刺しにする。
と、槍に縫い止められたスライムは痙攣したように震えた後、穂に核を残したまま水だけが俺に降り注いだ。
「ぶはっ!……うおぉ。悪いアンちゃん。助かったよ」
「うっうー。アー君が食べられないでよかったよー」
「油断し過ぎだね。反省するように」
「……面目無い」
……いきなりやらかしちまった。
いや、へこんでても仕方ない。気を引き締めていこう。
魔物戦?




