痛み
俺はスキルの効果で痛みを無効化できているからいいものの、クレアはさっきの痛みをずっと味わい続けていたということだ。
あの子自身が会話の術を手に入れるために、自ら望んで痛みを受け入れたのだとしても、瞬時に意識が吹き飛びそうになるほどの痛みを受けていたという事実に、痛覚が働いていないというのに胸が痛くなる。
だが、もちろんそれに関してシャーロットに否があるわけではない。
これほどの痛みを伴う方法をあの子に提案し、施したことに対して全く何も思うところがないとは言い難い。が、それも全てはあの子のことを思っての善意からの行動なので、それに対して俺がどうこう思うのが間違っているのだ。
そもそも、本来であれば気が遠くなるほどの鍛練を積んだ後に手に入れられる技術を、段階を飛ばして習得させるのだからそれ相応の代償を負わなければならないのは当然のことだ。
それに、俺やクレアへ特に何かを要求することもなく、このような特殊な技法を用いて魔力操作技術を高めることに協力してくれているのだ、それに関して感謝こそすれ、負の感情を抱くのは見当違いもいいところだ。
「さて、そろそろ魔力の流れを把握できた頃だと思うが、どうだ?」
「ん、そうだな。あぁ、流れだけは何とか掴めた、と思う」
俺の思考を遮るように、シャーロットから声が掛かったので、一度その考えを頭の隅へと追いやり、質問に答える。
俺の返答を聞いたシャーロットは、思案するように目を閉じると、口の中で何か独り言のようなものを呟き、一つ深く息を吐くと、目を開きこちらにその視線を合わせる。
「では、今日のところはここまでにするとしよう」
「お?」
てっきりまた何か指示が与えられるものだとばかり思っていたので、少し拍子抜けした気分だ。
「もう終わるのか? まだ特に何もしてないと思うんだけど」
「魔力の流れを覚えたというのなら、とりあえず今日のところはもう終わりだ。あまり体に負担を掛けても、後に響くだけだからな」
「あー、そういうもん?」
いまいちピンとこないが、シャーロット先生がそう言うんならそうなんだろう。
「痛みを感じていないから、あまり実感が湧かないかもしれないが、貴様の肉体は今まで魔力があまり流れ込んでいなかった場所にまで魔力を行き渡らせたことで、神経がかなり過敏になっているから痛覚が元に戻れば体中を小針で刺されたような不快な痛みが貴様を襲うだろうな」
「うげっ」
なんだよその微妙に拷問みたいな後遺症は。
「まぁ、数時間も経てば体も馴染んでくるだろうから、それまでの辛抱だ。精々頑張るが良い」
「……おう」
夜には痛みも治まるということならそれが原因で眠れなくなるという心配もなさそうだが、スキルの効果が切れてからの時間を考えると今から憂鬱だ。