就寝前4
「……?」
クレアから謝られるようなことをされた覚えはない。それどころか俺は普段からクレアの世話になりっぱなしなのだから、謝るとすれば俺の方だろう。謝られても困惑する。
『あのね、本当は最初からここには今日のことを謝るつもりで来たの』
俺の困惑を察してか、クレアはその謝罪の意味を、伏し目がちになりながら小刻みに肩を震わせて話し始める。
『でも、アスマ君が謝らなくてもいいよって言ってくれたのを思い出して、しつこく謝ったらアスマ君に嫌われちゃうんじゃないかって、そう思ったら怖くなって、謝れなくて、アスマ君が優しくしてくれるからって、それに甘えて』
堰を切ったように喋り出したクレアの言葉はまだ止まらない。
『でもそれじゃ駄目なんだって、いつまでも甘えてるだけじゃ対等な関係にはなれないんだって思って、だから、嫌われちゃうかもしれないけどもう一回言うね。ごめんなさい、アスマ君。私が弱いせいでアスマ君に怪我をさせちゃって』
その瞳から涙を溢しながら、決意を込めたクレアの心情の吐露は、俺に強い気持ちを抱かせるには十分過ぎる程、心に響き、震わせるものだった。
俺はその衝動に突き動かされるように、クレアの身を掻き抱く。
『アスマ、君?』
「そんな風に思ってたんだな。俺がクレアのことを嫌いになる訳なんてないのに」
囁くように、しかし、しっかりと相手に届くように、素直に心からの言葉を伝える。
「何度でも言うけど、俺はクレアのことが大好きだ。他の何を置いても守りたいって思うし、クレアが笑顔でいてくれるのならなんだってやってみせる」
それは何よりも優先させる、俺の中にある絶対の決まりごとだ。
「でも、口ではそう言ってても俺は弱いから、クレアをしっかりと守ってやることもできなかったから、素直に甘えさせてやることもできずに、そんな心配を抱かせちゃったんだよな」
『ちがっ、アスマ君は弱くなんて――』
「待った。最後まで聞いてくれ」
俺の自らを下げる発言を聞いたクレアは、それを否定するように言葉を挟もうとしてくるが、それに制止を掛け、話を続ける。
「俺はさ、弱さを持つこと自体は悪いことじゃないと思うんだ。人である以上はそういう部分もあって当然だと思うしな。肉体的にも、精神的にも、強い人もいれば弱い人もいる。当たり前だ。人には心ってものがあって、自分を追い込むことをまるで苦に感じない人もいれば、単純な軽口で心に傷を負う人もいる。それはその人が辿ってきた人生がどんなものだったのかにもよるし、生来そういうことに鈍感な人もいるかもしれない」
俺のような人間が上からこんなことを言うのもおかしいかもしれないが、この子には知っていてほしい。弱さ自体が罪ではないのだということを。
「だから、弱くても、その人が幸せに生きていけるのなら、俺は無理に強くなろうとしなくても良いと思うんだよ。一人一人が弱くったって、皆で協力すれば弱いままでも大抵のことはなんとかなるしな」
弱さを消すということは、自身の身を、心を削るという行為に他ならない。傷ついて、無理をして、それでも尚立ち上がらなければ強さを得られないというのであれば、そんなものを全ての人に持てというのは土台無理な話だ。
「でもな、心があるからこそ、弱い自分のままじゃいられないっていう思いが生まれることもある。今日のことで俺はそれを痛感させられた。俺の弱さが、俺の慢心が、俺の甘さが、あんな腑甲斐無い結果を招いたんだ」
俺がボロボロになったのはクレアを守りながら戦ったからじゃない。単純に俺の実力が足りなかったから、俺が自分自身の力を見誤り、強さの追求を怠ったからだ。
「だからさ、もう二度とあんなことがないように、俺は変わろうと思うんだ。いざという時に大切なものを守れないのなら、強くなければ自分が望んだ結果を手に入れられないっていうんなら、俺は、本当の強さってやつを手に入れようと思う」
それは決意であり、心の底からの覚悟を込めた、この世界に対する宣言だ。
「そう簡単に人が変われるとは思わないけど、変われる可能性っていうのは皆平等に持っていると思うんだ。でも、俺は中途半端な人間だから、一人じゃ途中で挫けて立ち上がれなくなるかもしれない。だから」
自身の頬に触れるクレアの手に、自分の手を重ね合わせ。
「クレアも、弱いままでいるのが嫌だっていうんなら、二人で一緒に強くなろう。クレアが辛い時、挫けそうな時は、俺がクレアを支える。その代わり、俺が駄目になりそうな時、俺が折れそうな時はクレアが俺を支えてくれないか?」
情けないが、それが俺という人間ができる精一杯の提案だ。一人では辛いことに立ち向かう勇気も決心も持てない。
でも、この子が一緒に居れば、俺は、俺の心はどんな状況だろうと奮い立ってくれる。
『……私で、いいの? こんな私が傍に居て、嫌じゃない?』
「嫌なわけがないだろ? 他のやつじゃ駄目なんだ、俺は、クレアだから一緒に居てほしいんだ」
目の前で、輝く瞳から宝石のような涙を溢している、世界で一番大事な女の子。この子が傍に居てくれるからこそ、こんな俺を大好きだと言ってくれるからこそ、俺は自分自身をどこまでも高める決意を抱くことができる。
『……ひっ……うん。……っ……うん』
すすり泣く声に混じり肯定の返事を貰えたことに安堵し、いつまでも女の子の泣き顔を見ているのは良くないと思い、体勢を仰向けに変えると、クレアを胸元に抱き寄せ、片手では頭を撫で、もう片方の手で背中を優しく叩く。
そして、泣き声が止むまでクレアをあやし続け、泣き声が寝息に変わった頃、《思念会話》を解除すると、自身も眠りにつくために目を閉じる。
ここからだ、今までの自分とは決別して、俺はこの子と一緒に強くなる。大事なものを守れる強さを手に入れるんだ。
目を閉じた瞬間から加速度的に襲い掛かってきた睡魔に抗うこともできずに、徐々に意識が遠退いていき、完全に眠りにつくその瞬間、頭の中に声が響いた。
『スキル取得条件を満たしました。スキル《成長因子》を取得。ならびに称号《少女の守り手》を取得したことにより、スキル《限定解除》を取得しました』