就寝前
「んじゃ、お休み」
「うん、お休み」
『お休みなさい』
就寝の挨拶もそこそこに部屋に入ると、糸の切れた操り人形のようにベッドの上に崩れ落ちる。
そして、枕に顔を埋めて周りに声が漏れないようにして心に溜め込んでいた弱気を吐き出す。
「あー、無理。もう無理、もう駄目、もう動きたくない」
一度泣き言が口をつくと、そこから次々と情けない言葉が溢れ出してくる。
でも、それもしょうがないだろう。今までにも精神的、肉体的に追い込まれたことは何度もあるが、ここまで酷い状態に陥ったのは初めてのことで、ついつい弱音を漏らしてしまうのも精神衛生を保護するためには必要なことだ。と、思う。
こんなところ人には絶対に見せられない。もし、今の情けない姿を見られようものなら、あまりの恥ずかしさに悶絶してしまうことだろう。
だが、そんなことを続けている間に心も落ち着いてきて、自然と意識も遠ざかっていく。
……あぁ、眠りに落ちる前のこの頭がふわふわする感覚、好きだな。
と、眠気に抗わずに、それを受け入れ意識を手放そうとしたその時、部屋の扉を控えめにノックする音が聞こえ、落ち掛けていた意識がすんでのところで食いとどまる。
この扉の叩き方はクレアか?何か俺に用事でもあったのかな?
「はい?」
重い目蓋を気合いで持ち上げ、扉へ向けて眠気を隠しきれていない間延びした声で返事をすると、ゆっくりと扉が開き、その隙間からクレアが顔を覗かせた。
「どうした?」
そう問い掛けると共に《思念会話》を発動させ返答を待っていると、扉が完全に開かれ、その腕に枕を抱きかかえたクレアが、それに顔の下半分を隠すようにしてこちらを上目遣いに見つめてくる。
『……あのね、一緒に寝てもいい?』
恥じらうようにもじもじと足元を擦り合わせてこちらを窺うその仕草に微笑ましさを覚え、自然と頬が緩んでしまう。
「あぁ、いいよ。おいで」
肯定して自分の隣を二度叩いて示すと、部屋に入り扉を閉めたクレアが、いそいそとこちらに歩み寄ってきた。
『あ、ちゃんとお布団被らないと駄目だよ。体冷えちゃう』
「ん? おう」
そういえばそうだ。正直、さっきまではそんなことも考えられないほどの眠気に襲われていたから気が回らなかった。
今は眠りの淵から意識が覚醒したことで、先程までのような凶悪な眠気は感じないが、依然として体は重いままなので、寝転がったまま捲った布団の中に潜り込む。
『……』
そこからクレアの方へ視線を向けると、何故かきょとんとした表情でこちらを見ている。
「どうかしたか?」
その表情に疑問を覚えたので、クレアにそう尋ねてみると、『ううんなんでもないよ』と言い首を左右に振った後。
『ただ、アスマ君のそういうところ初めて見たから、ちょっとびっくりしただけ』
「そういうところ?」
……あ。そういえば今までクレアの前でこういうだらしない仕草を見せたことはなかった。というか、年上の頼れる兄貴像を意識して意図的にそういうところは見せないようにしていたんだけど、しまったな、完全に気を抜いていた。
「あー、なんだ、その、幻滅した?」
びっくりしたってことは、クレアの中の俺はこんなずぼらなことはしない人という印象だったんだろうが、それを裏切ってしまったことでがっかりさせてしまっただろうか?
『え?ううん、そんなことないよ。そういう可愛いところもあるんだなぁって思っただけだよ。えへへ』
……間違っても可愛いくはないだろうよ。なんだろう、この子ちょっと感性がおかしいのかもしれない。その笑顔はすごく可愛いけど、その感性はどうにかして正してあげた方がいいのかもしれないな。