ウルフ17
「……分かったよ。でも、僕が危険だと判断したらその時は問答無用で治療するからね」
『あぁ、悪いな。ありがとう、ミリオ』
せっかくの気遣いを無下にしたことに対する謝罪と、俺の体を心配してくれたことに対する感謝をミリオに述べる。
本当に俺は恵まれてる。自分へこんなに良くしてくれる人たちと出会えたんだから。そんな人たちを守るために戦えるんだから。その事実だけで心が高揚し、限界に近いはずの体に力が漲ってくる。
『よし、それじゃあ行ってくる』
蹴り飛ばしたブラッドウルフもそろそろ態勢を立て直す頃だろう。でも、もうこれ以上あいつの好きにさせるつもりはない。俺自身の肉体の制限も差し迫っている。だから、何がなんでもここで終わらせてみせる。
「待った、僕も行くよ」
そう言ってミリオは俺を呼び止め、こちらへ付いてこようとするが、俺は掌をそちらへ向けその動きを制す。
『いや、ミリオはここから――クレアの傍から支援を頼む。万が一にもあいつを止められなかった場合、クレア一人じゃあれに対抗できないからな。そのための保険として、お前はここに居てくれ』
正直なところを言えば、俺もクレアを守るためにここに残りたい気持ちはある。実際、この距離ならば俺も投擲スキルを用いれば支援をすること自体は可能だから、俺が残るという選択肢もなくはない。だが、ミリオは本職の弓使いだ。その腕前は、スキル頼みの俺とは比べものにならない。経験に裏打ちされた確かな実力と、状況に応じた支援を行う対応力がある。
それは俺には真似できないものだ。だから、ここはミリオに任せて、俺は安心して前に出ることができる。
「ごめん、少し冷静さを欠いていたかもしれない。この状況なら確かにそれが最善だ。そうだね、前はアスマに任せるよ」
『あぁ、任せてくれ』
ミリオは頭を振り息をつくことで、自身の思考状態を見つめ直したのか、先程までとは雰囲気が変わり、いつもの微笑を浮かべたミリオがそこにいた。
そして、ここから飛び出す前に、クレアへと《思念会話》を繋ぎ声を掛ける。
『ごめんなクレア。またこんなに怪我しちゃって、無茶するなって言われてたのに』
『……ううん。だって、アスマ君は、私を守るために、そんなに傷だらけになっちゃったんでしょ? だったら、謝るのは私の方だよ。ごめんねアスマ君。そんなに血だらけになって痛かったよね。ごめんなさい。ごめん、なさい』
クレアは瞳から大粒の涙を溢し、自分のせいで俺が傷ついたと、何度も何度も謝ってくる。だが、それは違う。
『ばーか。謝らなくていいよ。前に言っただろ? 俺はクレアのことが何よりも大切なんだって。大事な人を守るのは当たり前のことだろ。だから、クレアが気に病む必要なんてどこにもないんだ』
これ以上その瞳から涙を流させないように、安心させるように、気持ちを込めて優しく語り掛ける。
『それにな、俺はこの程度じゃ絶対に参ったりなんてしないし、諦めたりしない。だからさ、そこで見ててくれないか。これから俺が――クレアが大好きだって言ってくれた男が、完膚なきまでに勝利するところを』
そう言って、おどけた笑顔を見せると、それに釣られたようにクレアも泣き笑いのような表情を浮かべ、一言『うん』と返事をかえしてくれた。