ウルフ16
舌が半分程度損傷してしまった影響なのか、俺の口から発せられた声は、湿り気を帯び、濁りに濁りきった不鮮明なものだった。
自らが発したものとは思えない雑音に少しばかりの衝撃を覚えるが、それほど重要なことではないので思考から切り捨てる。
それよりも重要なのは、際限なく流れ続けている血液の方だ。手足の穴にはへし折った血槍をそのまま残しているので、今のところは出血も治まってはいる。が、舌から溢れ出る血はその限りではなく、口を開けばそれが口端から漏れだし、顎を伝い地面へと落ちていく。
回復薬で癒したとはいえ、ウルフに噛まれた足からの出血と合わせると、既にその量はかなりのものとなり、急速に体が冷えていくのを感じる。
一定以上の血液を消耗してしまえば、それ以上の戦闘続行は不可能となる。だから、それまでになんとしてもあいつを倒さなければならない。勝利条件は敵の撃破、敗北条件は仲間の死亡。自分の死は勘定に入れない。最低でも相討ちに持ち込めれば、それで十分だ。
俺が命を消費することでそれを成し遂げられるのなら、それ以上の戦果はないだろう。驕りは捨てろ、この身を全て削りきる覚悟を持って挑め。それが俺という存在にできる、最善の戦い方だ。
「アスマ!」
と、そこへ後方からミリオがやってきた。
ミリオは満身創痍状態の俺の姿を見るや否や、すぐに自身の腰に下げているポーチから回復薬を取り出し、俺に渡そうとしてくる。
「その怪我はさすがにまずいよ。早くこれを使って傷を治して」
だが、俺はそれに手を伸ばすことはなく、否定の言葉を返そうとして、上手く言葉が話せないことを思い出し、《思念会話》を発動させる。
『いや、今はまだいい』
「……まだいいって。駄目だよ、それは君の命に関わる!」
珍しく焦ったようなミリオの言葉に、少々面を食らってしまうが、その気遣いを嬉しく思い、笑顔を向ける。
『俺のスキルについては、ミリオも知ってるだろ? 《起死回生》だ。これぐらいの傷を負った状態でもなければ、俺はあいつと満足に戦うこともできない』
「そんな、だからって」
『今傷を癒してこのスキルが解除されれば、戦況はまた振り出しに戻る。そうなれば、もう一度同じ目に遭うのが関の山だ。分かるだろ?』
そうなってしまえば回復薬を無駄に浪費するだけだ。それは賢い選択とは言えない。
『これ以上俺は、お前の足を引っ張りたくないんだよ』
もう俺は迷わない。
安全策を取ることで二人が危険に晒されるぐらいなら、俺は迷わずに自分が傷を負うことを選択をする。
俺が命を削ることで二人の命が助かるのなら、俺は迷わずに命を差し出す。
これが、今の俺にできる数少ない自身の利用法だ。
自己犠牲なんて高尚なものではない。これが俺の唯一の存在価値だというだけの話だ。