ウルフ13
そして、ミリオの攻撃を鋭く飛び退くことで回避したブラッドウルフは、ミリオに反撃を返すことなくもう一度俺に向かってくる。
くそっ、こっちに来てんじゃねぇよ!
恐らくはさっきのやり取りでミリオよりも俺の方が片付けやすいと踏んだんだろうが、なんて嫌らしいことしてくるやつなんだよ。
確かに弱い方から先に始末するのは戦いに於いて有効な手段かもしれないし、俺も逆の立場ならそうするかもしれないが、いざこうして自分がやられてみるとその意地の悪さに辟易する。
高速で迫ってくるブラッドウルフの動きは、俺の《力の集束》による一撃を警戒してか、左右に細かく移動を繰り返しながらのものだが、それでも通常個体の直進より速い。
仮に俺が万全の状態だとしても、この高速移動を続けるブラッドウルフを捉えることはできないだろう。こいつもたぶんそれを理解したうえで俺を狙ってきている。俺の一撃を警戒はしているが、身動きが取れない状態でもなければ当たるわけはないと。
正解だよ。それが頭で考えての行動なのか、本能に任せての行動なのかは分からない。でも、やっぱり上位種ともなると、その辺りの優秀さも通常種とは比べものにはならないようだ。
俺の目前まで接近したブラッドウルフは、俺の視線を振り切るためか、より速く、鋭く、左右へと跳躍する。その姿だけに集中して、どうにか視界の端にその血色の体毛を確認することはできているが、気を抜くと今にも見失ってしまいそうだ。
だが、その姿が一瞬だけ静止する。そうして追いついた俺の視界に映ったのは、全身を地面に沈み込むように屈め、一足で飛び掛かるための力を溜めているブラッドウルフの姿だった。
どこを狙ってくる? 足か、腕か、腹か、頭か。
《危険察知》だけでは完全に攻撃を避け切ることは出来ない。だから、相手を観察して一瞬だけでもスキルが発動するより先にその動きを見極めてみせる。
良く見るんだ、足先を、体の軸を、その視線を。
そして、ブラッドウルフが屈めていた体を持ち上げ、地を蹴りつけ跳躍した瞬間、その要素から導き出した予測を基に体を捻る。
その予測はどうやら的中したようで、ブラッドウルフの跳躍で到達する地点から身を逃すことに成功する。
だが、それでも尚、その俊敏な動作から完全に逃れるためには足りなかったようで、《危険察知》が伝えてくる攻撃予測からは逃げ出せていない。
それでも、せめてその攻撃を防具の厚い部分で受け止めようと思い、ブラッドウルフの挙動に注目していたのだが、突如として耳に届いた風切り音と共に飛来した一矢により、その意識は中断させられる。
その矢はブラッドウルフに直撃する寸前で血盾により防がれはしたが、それは直後に小爆発を起こし、その体を俺から遠ざけることで、その脅威から俺を逃れさせてくれた。
矢が飛んできた方向を見ると、そこには弓を構えるミリオの姿があった。
自分に背を向けて走り出したブラッドウルフを易々と見逃すミリオではなく、確実に矢を命中させられるこの瞬間まで狙いをつけていたんだろう。相変わらずその冷静さには恐れ入る。
だが、そのおかげで助かったのも事実だ。素直に感謝しておこう。
ブラッドウルフも、ミリオの攻撃を血盾で受け止めたとはいえ、さすがにあの爆発の直撃を受けて無傷というわけにもいかないだろう。
そう思い、ブラッドウルフが爆発で吹き飛ばされた方へ視線を向けたのだが、そこにその姿は見当たらなかった。
……しまった。なんで俺は一瞬でもあいつから目を離した? 相手は格上で、しかも圧倒的な敏捷性を誇る魔物だ。そんな相手から僅かにでも注意を逸らすなんて、あってはならないことだ。
どこだ、どこにいった?
大急ぎで辺りに視線を巡らせる。地面には先程の爆発で僅かに砕けた血盾の一部なのだろうか、血痕が落ちている。よく見れば、先程ブラッドウルフがいた辺りからもぽつぽつとその血痕が続いている。もしかして、その先に――。
「アスマ! 後ろだっ!」
ミリオの叫び通り、血痕が続いていたのは俺の背後だ。
その、背後を振り返ろうとして、俺は体を反転させたところでその動きを止める。……いや、止められてしまった。
地面から俺の手足を貫く形で伸びた、血の槍によって。