ウルフ10
そうして自分の中で覚悟を決めていると、こちらへ歩を進めていたブラッドウルフが、《力の収束》を使用すれば一足飛びに肉薄できる距離まで近づいてきた。
その歩みはこちらを完全に格下と見なしているであろう、警戒心も何もない漫然としたものに見える。
仕掛けるとすれば相手が油断しきっている今しかない。長引けばそれだけスキルの負担で俺の動きは鈍っていくだろう。だから、体力の残っている今ここで一気に決めに行く。
「ミリオ。今から俺はあいつに全力の一撃を叩き込みにいく。それを確実に命中させるためになんとかして隙を作ってほしい。頼めるか?」
「そうだね、うん。相手に何もさせずに初手で仕留めるにはそれが一番効果的かもね。分かった、どうにかしてみるよ」
さすがはミリオさん、話が早くて助かる。
なら俺も準備を万端にして、その瞬間を見逃さないように備えないとな。
目蓋を閉じ、一度深く息を吸い込み、全ての息を吐く。
そして、目を開き、いつも通りに呼吸を再開させる。
いつも鍛練前に集中力を高めるために行っている一連の動作だ。一定の手順を踏むことで、すぐさま最高の集中状態に入るための一種の自己暗示のようなもので、以前ゲインさんから学んだ技術なのだが、こういう場面ではかなり効果的だ。
おかげさまで、完全に意識を切り換えることができた。
「それじゃあ、いくよアスマ」
ミリオが弓に黒い矢をつがえ、こちらに意志の確認を取ってくる。
「あぁ、やってくれ!」
「《エンチャントエレメント・バーストショット》!」
正面の敵から目を逸らさずに了承の返事をした瞬間、魔術を付与された矢がブラッドウルフへと放たれた。
風切り音を鳴らせ高速で飛翔する矢は、ブラッドウルフの僅か手前の地面に突き刺さると、直後に地中で爆発でも起こしたのか、くぐもった炸裂音と共に土砂が舞い上がる。
先程の黒い矢は何か特別な細工でも施してあったのか、矢が着弾した地点を中心に激しく黒煙が巻き起こり、俺たちとブラッドウルフの間に砂埃と爆煙のカーテンを作り出した。
「アスマ。今からあの中にもう一本矢を放つから、煙の中からブラッドウルフが飛び出てくる瞬間を狙って!」
「了解!」
今度は通常の矢をつがえたミリオは、雷魔術を付与させた矢を煙の中に放った。
「《サンダーショット》!」
その瞬間を逃さないために、地面をしっかりと踏み締め、クレアを抱える腕に力を込めて、前方を注視する。
集中しろ。どこから出てくる。右か、左か、正面か。
と、目を皿のようにして全体を見つめていた俺の視界に血のように赤黒い物体が映った。
視線をその物体に集中させ、瞬時に見極める。
間違いない。ブラッドウルフだ!
『アクティブスキル《力の収束》発動』