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ウルフ7

 残るウルフの一体に視線を向けてみると、威嚇するように唸り声を上げていたが、二体の仲間がやられたことで形勢の不利を感じたのか、その足はじりじりと後退している。

 退いてくれるというのなら、別に無理して倒す必要はないだろう。何がなんでも倒さなければいけない状況ならともかく、今はできるだけ時間を稼ぐことが重要なんだ。なら、下手に倒しに掛かって反撃をもらう可能性を考えると、向こうから掛かってこないのなら、このまま放置するのが一番だろう。

 そうして、攻撃を仕掛けることもなく、その動きにだけ注意を向けていたのだが、不意にウルフは首を持ち上げ、頭を上に向けると、辺りに響き渡るほどに大きな遠吠えを上げた。

 一瞬、これも威嚇行為の一種なのかと思ったが、獣が遠吠えを上げるという行為が持つ意味に考えが及んだ時、最悪の結果を予想して冷や汗が背中を伝う。

 ……まずい。

 そう思い、何度も遠吠えを繰り返しているウルフとの距離を詰め、遠吠えを止めさせようとしたが、俺が目前まで迫ったところで自らそれを止め、こちらに牙を剥いてきた。

 思っていた通り、一対一であれば正直大したことはなく、何度か牙による攻撃を回避した後、顎を蹴り上げ、地面に落下したところで先程のウルフと同様に首の骨を踏み砕いた。

 三体目のウルフも撃破したところで、ミリオの方に視線を向けてみると、未だに一人で複数体のウルフと戦闘を続けているところだった。

 早くこの場を離れるためにそこに加勢しようと足を踏み出した瞬間、踏み出した方とは逆の足に激痛が走った。


 「ぃぎっ!?」


 瞬間的にそちらに視線を向ければ、そこには先程のウルフがいた。確かに骨を踏み砕いた感触はあったが、即死していなかったのか、最後の力を振り絞るように、ウルフは荒い息を吐きながらその牙を俺の足首に深々と突き刺している。

 馬鹿野郎! なんでしっかり止めを刺せてるか確認しなかったんだ! そこは徹底してやらないといけないだろうがよ!


 「くそ、がっ!」


 今度こそウルフの息の根を完全に絶つために、痛みと、自分への怒りを足に噛み付いているウルフにぶつけるように、再度その首元へ踵を踏み落とす。

 骨の砕け折れる鈍い音が聞こえたと同時に、更に足への痛みが増す。

 ウルフを踏みつけにしたことにより、足から牙は抜けたが、その際に牙でブーツごと足の肉が裂け、おびただしい量の血液が裂け目から溢れ出している。

 いってぇ……。最悪だ、怒りに任せて行動するんじゃなかった。

 傷口が熱を持ち、血を吐き出す度に大きく心臓が脈動する。痛覚を刺激されたことにより脳が興奮状態になって脳内麻薬でも生成されているのか、先程よりは痛みが多少ましになったような気はするが、痺れが足全体に広がり痙攣している。体重を掛けようものならそのまま崩れ落ちそうだ。

 でも、今まで受けたことのある傷の中では出血はともかく、痛みは然程酷くはない。もちろん痛いのは痛いが、耐えられない痛みではない。

 それに、こんな時のためにこいつを買っておいたんだ。

 腰のポーチからそれを取り出すために、少し苦労しながらもクレアを一度地面へゆっくりと下ろす。


 「ごめんな地べたに下ろしちゃって。ちょっと我慢してくれな」


 半ば気絶するように眠っているクレアは、この程度のことでは起きないだろうし、この謝罪も聞こえてはいないだろうが、そこは気持ちの問題だ。この子のことに関しては何一つとして蔑ろにはしたくない。それは俺の中で絶対のルールだ。

 クレアを下ろした姿勢のまま手早くポーチを開くと、中から赤い薬液の入った小瓶を取り出し、半分を口に含み飲み込む。

 それだけで、痛みと痺れがほとんどなくなり、軽く動かしても問題ない程度には回復している。

 だが、ブーツを脱いで傷を確認してみると、血は止まっていたが、まだ完全には傷は塞がってはいなかった。なので、残りの半分を溢さないように傷口に掛けていく。

 すると、まるで傷口から生えてきたかのように、傷の内側から肉が盛り上がってきた。

 うわ、気持ち悪っ!

 外傷に対して、こうして回復薬を直に振り掛けたのは初めてだったけど、そうか、こんな風に元通りになるのか。……訳が分からん。

 その後、念のために足を少し動かし痛みがないのを確かめて、大丈夫なのを確認してから手早くブーツを履き直し、地面からクレアを抱え上げる。

 立ち上がってみて少し足に違和感を覚えたが、さっきまであった痛みが急に消えたことと、そこそこの量の血を流したことで熱が失われたせいだろう。

 それでも、動かす分には問題ないし、動くのであれば十分に戦える。早くミリオに加勢して、この場を切り抜けないと。

 だが、足へ力を込めそちらへ走り出そうとしたその瞬間、背後から獣の咆哮が聞こえた。

 先程のウルフの遠吠えは、やっぱり仲間を呼ぶために発していたものだったのだろう。そして、背後から聞こえた咆哮は、それを聞きつけてやってきた仲間によるものという訳だ。

 どれだけの数が来た? 五体か? 十体か? それとも……。

 正直言って、振り返るのが怖い。本当はこのまま正面だけを見て全力で走って逃げたいぐらいだ。だが、そういうわけにもいかない。逃げ切れるわけがないからだ。だから、恐怖を堪え、意を決して背後を振り返った。

 すると、そこに待ち受けていたのは。最悪の予想を超えた最悪の光景だった……。

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